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ようこそオカルト研究部

「…………お前………。こんな中でよく今まで無事に生きてこれたな………」

「え、なにが?」


 今日も今日とて無事に1日を終え、夕陽差し込む廊下を歩いている途中。不意に背後から声を掛けられた。勿論、私に取り憑いている目隠しさんである。彼はこうやって自由気ままに現れたり消えたりするが、最早慣れてきて驚かなくなってきた。最初の頃はいちいち悲鳴をあげて、周りの人に変な目で見られていたが。


「………周りを見ろ………」


 目隠しさんにそう促されて周囲を意識すると、そこには数人の霊がユラユラと、学校内であるにも関わらず立ち尽くしていた。私にとっては日常茶飯事の光景過ぎて、今更特に気にも留めていなかった。こちらに危害を加えるような素振りも見せないし。


「こんなのいつもの事だよ。それに、何かしてくるわけでもないし、きっとみんな良い子だよ」

「………全員お前の生命力に引き寄せられて集まった奴らだ………。下級だから手を出してこないが………」


 目隠しさんに取り憑かれてから、何度も耳にする、私の生命力の話。目に見えるものではないので自覚が無かったが、私の生命力はよっぽど凄いものらしい。幼い頃からよく幽霊を見ていたのは、私に霊感があるからというだけではなくて、並外れた生命力が引き寄せていたのだということがよく分かった。


「吉光がずっと守ってくれてたからかな………。気付いてなかったけど………」


 だとしたら、私は本当に吉光に足を向けて寝られない。吉光様々である。普段あんなんだから、有り難みを忘れがちだけど。


「それに………」

「……………?」

「今は、目隠しさんが守ってくれるしね」


 何気なくそう言って、にーっと笑ってみせたが、目隠しさんはぷい、とそっぽを向いてしまった。つれない反応だ。まだ彼に心を開いてもらうには、時間が足りないだろうか。


 そうして幽霊たちの見送りを受けながら辿り着いたのは、校舎の最上階………4階の1番端っこに位置する物置のような空き部屋だった。扉には雑な貼り紙がされており、『オカルト研究部!』という威勢の良い文字が書かれている。その下には小さく『いつでも入部希望者受付中』とも。


「………何だここは………」

「オカルト研究部の部室だよ!今日は依頼があったので!」

「依頼………?」


 目隠しさんの疑問に答える前に、私は勢い良く扉を開ける。埃っぽい臭いが漂ってきたその先には、


「遅かったですね、ハニー」

「やっほー吉光」


 もう1人の部員兼副部長の、出雲吉光。勿論、部長はこの私である。オカルト研究部は、私と吉光、たった2人で構成されている部活であった。


「久々の部活動だねー」

「最近は俺も修行で忙しいですからね」

「ま、吉光はそっちが本業だもんね」


 私の高校は、よくある決まりで『全員必ず何か部活動に所属しなければならない』というルールがあり、特にこれといってやりたい部活が見つからなかった私は、渋る先生を押し切ってオカルト研究部を作り上げた。といっても、本格的に毎日活動している訳ではなく、気まぐれに集まって吉光と話をしたり、幽霊の噂を確かめるという、ほぼ帰宅部のようなものである。本業が家業の修行である吉光にとっても、このスタイルはかなり有難いようだ。


「で、今日の活動は何なのですか?」

「まずは、新入部員の紹介です!」


 新入部員?と眉を顰める吉光。私はそんな吉光を前に、ジャーンと見慣れた人物を紹介する。


「目隠しさんです!」

「…………!?」

「なんだ、目隠しさんも我が部に入部したのですね」


 勝手に入部させられて驚いているのは、目隠しさんのみ。吉光にとっても既に目隠しさんは馴染みの幽霊なので、特に驚くこともせずすんなりと受け入れていた。逆に受け入れられないでいるのは目隠しさんの方で、勝手に話を進めていく私と吉光の間に割って入る。


「………俺は入部するなど一言も………」

「まあまあ。霊側の意見とかも聞きたいし」

「重要なデータですからね。よろしくお願いします。あ、ここでは俺が副部長なので、俺の指示に従ってくださいよ」


 聞く耳持たずといった私たちの様子に、目隠しさんは諦めたように溜息を吐いた。どうせ私がここにいれば目隠しさんも参加せざるを得ないんだし、せっかくなら部員の1人として迎え入れよう………、そう私が勝手に決めた。


「では、目隠しさんを歓迎して」


 バッグから、3つの缶を取り出す。先程校内の自販機で買った、キンキンに冷えたジュースだ。部長のポケットマネーで買った、乾杯用のジュースを、それぞれの前に配る。吉光は私からのジュースに、「ハニーからのプレゼント!一生大事に飾ります!」と頬擦りをしていたが、いちいちツッコむのも面倒なので、無視してジュース缶を高く掲げた。


「「かんぱーい!」」

「………………」


 そうして私は、ジュース缶のプルタブに指を差し込み、プシュ!と炭酸特有の心地良い音を響かせた。何ならお菓子とかも持って来たら良かったなあ、なんて呑気なことを考えながら、グビっとジュースを煽った瞬間。


 ずぱーん!と勢いよく扉が開いて、その勢いに私も吉光も大きく肩を震わせた。今ここに部員全員が揃っている以上、私たち以外にこの扉を開ける人物など滅多にいないというのに、予想外の出来事にキョトンと固まる。


「東雲さん!依頼者の九重と申しますわ!」


 そして私は、そこで思い出した。気まぐれオカルト研究部を招集した、もう1つの理由。それは、こんな怪しい部活に、とある依頼を持って来てくれた違うクラスの女子生徒、九重ここのえ 和水なごみだった。














「こちらでございますわ」


 ちょこん、と机の上に置かれたのは、小さなどこにでもあるようなフランス人形だった。フリフリの黒いのドレス。クルクル巻かれたブロンドのツインテール、綺麗なサファイアのような瞳………。幼い女の子だったら、思わず親に買ってと強請ってしまいそうな、美しい人形である。


「ただの人形に見えるけど………」

「こちら、私のお父様が出張先で買ってきてくれたお土産ですの」

「はぁ………、これが何か」


 九重さんの話によると、こうだ。この人形、高校生の娘にお土産として買うのは些か幼いのではないかとも思ったのだが、何故か彼女の父親は、この人形に心を奪われて頭から離れなかった。怪しい露天商が売っていた人形だったが、この出来でかなりの安値だったらしく、思わず買って帰ってきたらしい。そして九重さんはそれをプレゼントとして受け取り、部屋に飾っていた、と。


「ですが………、寝る時に何だか嫌に視線を感じて………。まるでこの人形が、じっと私を見張っているようなんですの。不気味だったから、そっと机に人形を伏せて寝たら……………」

「寝たら?」

「翌朝起きたら、人形が独りでに起き上がってこちらを見ていましたの!!!!!」


 きゃあああぁ!と1人で悲鳴を上げ、盛り上がる九重さん。顔を両手で覆い、ブルブルと恐怖で肩を震わせている。その話を聞いて、私と吉光が改めて人形を覗き込んでみたが、霊感のある私たちから見ても、特に人形から霊の気配を感じることはなかった。


「………九重さんが寝ている間に、家族の誰かが起き上がらせたとか」

「私も最初はそう思ってたのですけれど………、何度伏せても、何度タンスに仕舞い込んでも、翌朝には元の位置に戻っておりますのよ………。家族や使用人に確認しても、みんな触ってないと言い張りますし…………」

「ええ………、目隠しさん、どう思う?」

「…………俺もこの人形からは特に何も感じることはない…………」

「ちょっと貴方たち!虚空に向かって話しかけるのはやめてくださいまし!!」


 一応目隠しさんにも確認してみたが、やはり答えは同じだった。本当にこの人形が、独りでに動き出したとでもいうのだろうか。何かたまたまの偶然が重なって………、というところまで思考が及んだところで、九重さんがその線を無くすように間に入ってくる。


「それで私、怖くなって!この人形を手放そうと思ったのですわ!人形って、ゴミに出すと祟られるって聞くし、ちゃんと出雲神社で焼いて貰おうと思って………」

「あ、俺の家ですか。確かにうちは人形の炊き上げも受けてますが」

「でも!無理だったんですの!」


 人形を神社に持っていこうとした使用人が、交通事故に遭い、しばらく入院する羽目になり、また別の使用人が持っていこうとするも、またもや交通事故に遭い………。いよいよ気味悪がった父親が、庭で焼こうとしたら、自分が火傷を負って入院したという、とても偶然では片付けられないエピソードが次から次へと出てきたのだった。


「ゴミ捨て場に捨てても、次の日には玄関先に戻ってきてるし………、もう私、怖くて怖くて………。最終手段として、オカルト研究部とかいう胡散臭い貴方たちを頼ろうと思ったのですわ………」

「なるほどね………。っていうか、学校には持って来れたんだ」

「ええ………。どうやら、捨てようとか、燃やそうとかすると恐ろしいことが起こるみたいで………」


 どうしたものか、と腕を組んで人形を見下ろす。今のところ霊的なものは感じないものの、九重さんの話が嘘ではないとしたら、この人形は普通ではない。このまま放っておくのは危険だ。


「これ、人形自体が幽霊なんじゃなくて、幽霊に呪われてる人形、だったり?」

「可能性としては有り得ますが………、今はまだ何とも………。身を潜めるのが上手い霊なら、俺たちでも感知できない場合もありますし」


 どっちにしても、この人形を九重さんに持たせておくのは危険だ。私は、机に置かれた無機質な人形を抱き上げる。


「九重さん、この人形、私が預かってもいいかな」

「勿論ですわ!預かるなんて言わずに、どうぞ貰ってくださいまし!」


 きらりと光る青い瞳に、私の姿が反射して映っていた。

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