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異形にかけられた呪いの謎

「目隠しさん!!」


 吉光の呼び声も無視して、突然出てきた目隠しさんが、気を失っている私の肩を掴んだ。ここに来る前、体に毒だから私の中にいる、と姿を出さないつもりでいた筈だったが、この事態を見て出てこざるを得なかったのか。


 そして目隠しさんは、突然私の胸元に手を突っ込んだ。私の体の表面は、目隠しさんが触れた部分だけ波のように揺らいで、ズブズブと体の中へその手を飲み込んでいく。するとみるみると、私の体を包んでいた黒いオーラのようなものが、目隠しさんの体の中へと吸収されていった。目隠しさんにとっては何の害もなく、ただ平然と、それを収めてしまったのである。


「あらぁ………貴方…………」

「…………………」

「………不思議ね。その呪い………、何だか貴方が出てきた瞬間、力が弱まったように見えたわ」

「どういう事ですか………?母さん」


 しかし、吉光のお母さんはしばらく私を観察するように静観した後、何事も無かったかのようにいつもの笑顔を浮かべて、「ごめんなさいねぇ、私が呪いを誘発させたから」と謝ったのだった。目隠しさんのお陰で何とか呪いが治った私は、すぐに意識を取り戻し、心配そうにこちらを見ている吉光とおばさんを捉えていた。


「ごめんなさいねぇ、恋白ちゃん。解呪するには、まずどんな呪いかを知る必要があったの」


 相変わらず笑顔のままのおばさんと、強張った表情のままの吉光。私は、呪いの効果が消えて一気に脱力感と疲労感を感じ、私を支える目隠しさんの腕の中に、そのままズルズルと傾れ込んだ。よく覚えてないけど、朧げな記憶の中で微かに、私は2人を危ない目に遭わせていた気がする。2人に怪我させる前に止めてくれて良かった………と安心する私。そして改めて、私の呪いのせいでボロボロになった居間を見渡し、「片付け、手伝います………」とせめてもの償いで片付けをさせてもらった。元はと言えば、軽い気持ちで呪いを誘発した母のせいなのだと、吉光は責任を感じる私をフォローしてくれていたが、それでも私の罪悪感は消えなかった。


(私、2人に対して何を………)


 もし目隠しさんが止めてくれていなかったら。私はあのまま2人を傷付けていたかもしれない。そして今後、何かの拍子で呪いの症状が出てしまった時………、意識がない間に、周囲の人に危害を加えるかもしれない………。そうなったら…………。


「………俺がいる限り、そんな事にはならない」

「………目隠しさん………」

「………俺がお前を止める」


 声に出していたわけじゃないのに、私の不安を感じ取ったのだろうか。目隠しさんが横からそう言ってくれた。私を安心させる為の言葉だ。私が驚いたように彼を見つめる中、目隠しさんはそのまま床に散らばった本を積んで持ち上げ、吉光の母の指示に従うように運びに行ってしまった。っていうか、片付けも手伝ってくれるの………優しい………。


「この呪いは、残念だけど私じゃ解呪できそうにないわぁ」

「そんなぁ………」

「母さんでも無理なんですか」


 一頻り片付けが終わった後、おばさんは不服そうに、呪いの調査結果を告げてきた。悔しそうに唇を尖らせていて、おばさん自身も納得がいってなさそうな様子だ。おばさんは、これでも数多くの呪いや霊を祓ってきた凄腕の神主なんだけど、と自信を持っていたようだが、「私もまだまだ修行が足りないみたいねぇ」とぼやいている。


「かなり複雑な呪いみたいねぇ………。呪いをかけてきた霊は、どんな霊だったの?」

「えっと………、最早生き物の形はしてなくて………異形の奴でした………。目隠しさんが倒してくれたけど………」

「ふーん………」


 どこか腑に落ちない様子のおばさん。何かを考え込むように顎に手を添えている。


「目隠しさん、と言ったかしら。貴方、異形の霊とは面識は?」

「………ない」

「倒した後は、魂を食べたのかしら」

「………いや………。倒した後………、跡形も無く消えていた………」

「ということは、まだどこかに存在している可能性が高いわ」

「え、あの異形が!?」


 おばさん曰く、私の呪いは強力で、術者が既に死んでいる場合だと、ここまで強く効果が出ることはあまり無いのだという。


「呪いの解き方は2つ方法があるわ。1つは、私たち聖職者がお祓いをする。これは、聖職者が呪いの術者より強くなくてはならない。2つめは、解呪の力を持った霊に取り除いてもらう」

「異形をちゃんと倒しても、呪いは解けないんですか?」

「呪いの効果に術者の存在の有無は関係ないのよぉ。ほら、ゲームでも、戦闘中に受けた毒は、戦闘が終わった後もダメージが継続するじゃない?」


 分かりやすい例えに、私と吉光は納得したように頷いた。


「異形のやつは………、母さんより強いんですか?」

「うーん………、お祓いできそうにないってなると、そういうことなんだろうけど………。その異形、普通の霊とは違う、只ならぬ何かを感じるのよねぇ………」

「只ならぬ………何か………?」

「生き物の形をしていないってことは、色んな魂を食べて階級を上げた化け物か………、それとも複数の魂と融合したキメラのような霊、か………」

「融合って………そんな事があり得るんですか」

「偶にあるのよぉ。強い未練や怨念を抱えた魂同士はお互いを引き寄せあって、そのまま融合する。これもこれで厄介なのよねぇ」


 恋白ちゃんの呪いからは強い怨念を感じる、とおばさんに告げられて、私は呪いの恐ろしさを再認識した。発動したらその都度症状を一時的に治めるしか、今は方法がないことも伝えられた。とにかく目隠しさんから離れないこと。それを守るよう、キツく言い付けられて、言われるがままに頷いた。


「それにしても気になるのは………、この呪い、目隠しさんに対して何だか特別な反応をしたように見えたことね………」

「それって、どういうことなんですか?」

「…………………」


 おばさんの視線が、目隠しさんに移される。おばさんもハッキリとその答えが分かっているわけではなく、無言で考え込んでいる。しかし結局その場では答えは出ず、あくまでも私の推測だから、と流されてしまった。そしておばさんはいつもの笑顔を浮かべて、


「目隠しさん、恋白ちゃんのこと、よろしく頼むわねぇ」


 そう言ったのだった。呪いを発動させられたことは驚いたが、あっさりと目隠しさんを受け入れている吉光のお母さんに、私は拍子抜けしていた。予想と反した言葉に驚いていたのは私だけではなく、吉光も同じようで、思わず「いいんですか、母さん」と問いかけていた。何が?と言いたげな母の顔を、吉光はポカンと見つめている。


「いえ………母さんのことだから、てっきり問答無用で目隠しさんのことを祓うのではないかと………」

「普通ならそうしてるんだけどねぇ………。恋白ちゃんがこんな状況だし。それに、貴方たちは祓って欲しくないんでしょう?」


 ここに来る前のあの心配は何だったのやら。おばさんはにっこりと笑って、仲良くやってね、と私と目隠しさんに告げた。やっぱり、良い人だ。呪いのことも知れたし、来て良かった。


 そして私たちは、おばさんが「晩御飯も食べてって!」と言うので、お言葉に甘えてみんなで一緒にご飯を食べた。久々に吉光の家でこんなに過ごしたが、昔と変わらぬ優しさと温かさに包まれて、楽しい時間を過ごしたのだった。


「ねぇ、目隠しさん」

「…………?」


 吉光と別れて、自分の家に帰る途中。隣を歩く目隠しさんに声をかける。


「ありがとう」

「……………」

「また、助けてくれて」

「…………言いたいことはそれだけか」

「あれ、目隠しさんもしかして照れてる?」


 フイ、と顔を背けてしまった目隠しさんを揶揄うように、覗き込む。でもその表情は特に変わっておらず、相変わらず彼の表情筋は死んでいるようだ。やっぱり、幽霊だからだろうか。


 呪いのせいで怖い思いをした日でもあったけれど、その分目隠しさんが助けてくれて、それがとても嬉しい1日でもあった。

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