9 未知なる道、満ちる時
【衆議院臨時国会 内閣総理大臣】
首相は、今までマスコミ向けに発表したプレス内容と同じ答弁を繰り返す。
「将来の宇宙航行をするためのデータ収集を目的とした練習船であり、搭載しているのは小惑星探査機であります」
野党代表は、搭載されている兵器が、探査機と言い訳を繰り返す首相に噛みついた。
「日本が有人宇宙船を手に入れた。なるほど。
ところで普通に見て、これロボットでしょ? どこが探査機なの?」
「これについては、足に見えるのは着陸装置であり、腕に見えるのは、採集用のマニュピレーターです。頭部に見えるものは、各種センサーが集約しています」
野党代表は、顔を真っ赤にしてなお、文字通り口撃を緩めない。
「今回、製造された新型を自衛隊が接収して、地球外文明との衝突を危惧する声もあるが」
「議長!」
防衛大臣が手を上げたため、衆議院議長が指名する。
「成層圏以上での活動は法制化されていないため、特段対応も考えていません」
野党代表は、眉毛をピクピクさせている。
「じゃあ聞くけど、我々の調査報告にはミサイル実装可能と記載があるが、探査目的にミサイルが必要なのか、総理がお答えください! ちょっ、防衛大臣あなたじゃない! 総理がお答えください!! 総理!!」
【衛星軌道上 みんなの地球連邦株式会社所属 試験練習船 J―NAS ブリッジ】
採用という名の事実上拉致されてから船内で二日を過ごした。
三日目になるころには、ミケアも徐々に事態を飲み込んでいた。
ちなみに、ミケアが部屋に残してきたハムスターは、駐在員が保護しているとのこと。
そのミケアも国会中継を見ながら、同じことを船長に聞いていた。
「ミサイル? あれはミサイルじゃなくて、小惑星の地表面破砕用火薬ね。あれで、表面を爆破して、飛び出た鉱物を採集すると」
いや、ビーム兵器もあるのはおかしい。
「あれは、惑星のガスへ照射して、炎症反応を見るためのエネルギー実験装置。武器じゃないよ」
ミケアが、眉毛をピクピクしてさらに質問を繰り返す。
「で、もし攻撃を受けたら?」
「実験がたまたま当たってしまうかもしれないが、仕方ない」
「いやいや⋯⋯」
「自衛権は認められる。殴られそうになったら、近くの石を投げるだろ?」
それに、と船長は続ける。
「例のロボットは、探査機って扱いになってる。トゥランと呼んでるが、書類には、はやぶさ3号で登録されている。いいかい? あれは探査機だよ」
探査機? あの人工衛星はやぶさに、手足が生えてくるとは、思わなかった。
「ちなみに、敵って誰? 敵ってほんとにいるの?」
「親会社のライバルメーカーらしい。
あちらの世界では、他社にジャンケンを挑むこともあるみたいだな。
来たらグゥを出せと言われてる」
【月裏側 母艦オウムアムア ファンド系投資顧問星系探査艦 指揮官ブリッジ ストラテジスト】
「あんなにも丸裸にして渡すくらいなら、ジャンク屋に行けば捨ててある輸送艦とか、探せばあったろうに。
あのドッグ船だって、まだまだ値が付くんだぞ」
マネージャーが、日本政府からお土産でもらったそろばんをパチパチと弾いていた。
「リース料は入ってきますわ。それにリミッターを解除すれば、現状復帰も容易ですのよ」
「⋯まあ、いい」
ストラテジストは、部下がお土産にもらってきた日本のカレンダーを見ながら、考えていた。
「さて、そろそろ頃合いだろう。原住民に通達」
【衛星軌道上 試験練習船 J―NASブリッジ オペレーター】
「船長、親会社から出港要請です」
船長は、東京証券取引所に上場している自社の株価をチェックしていた。
あらかじめ近々の出港を打診されていたので、先日、出航の予定を発表していた。
下がり続けていた株価も、発表で株価は下げ止まり、値を少しずつ戻していた。だが、依然として公募価格割れの状態だ。
株価の維持は重要で、融資額が左右されてしまう。
また、株価が安くなれば、他社が敵対的買収を仕掛けやすい。それを防ぐために、世の上場会社は、株価を上げ続ける必要がある。
幸い、宇宙産業が投資家から注目を集めていた。
「ようやくか⋯⋯さて」
船長は立ち上がって振り向いた。
「じゃあやるか。処女航海だ。ボギー、準備進めてくれ」
「>_航行プログラムスタート、スリープを解除します_」
「>_バッテリーオン。APU起動_」
原住民に引き渡し前に点検再起動はされているが、航行に関するシステムは一旦落としてあった。
船のオペレーションシステム 『ボギー』が、航行に関するスタートアップを進めていく。
「>_目標へコース設定。スイングバイを優先_」
「>_メインジェネレーター起動_」
各所から、いろいろな作動音が慌ただしくなる。何やらいろいろな場所にあるパイロットランプが点灯される。
「>_目標座標までシュミレーションスタート_」
「>_一番二番メインナセル、オフ。三番から六番補助エンジン、オン_」
「>_補助エンジンマスターイグニッション起動。アイドリング開始_」
ほんとに遠くのほうから、かすかにエンジン音らしい音がしてきた。