硫酸の雲、金星離脱
【名古屋市 まろほば珈琲館】
「さて、聞かせていただきますが、多額の融資を投入しましたが、今後どういうおつもりでいらっしゃるのか、お聞かせいただいても?」
美人マネージャーは珈琲を口にすることなく、般若のような顔でストラテジストに迫る。
「全額融資、大いに結構。今回はうまくいったと自負している」
急な思い付きで億単位のお金を動かしたが、ストラテジストはこれといって何とも思っていない様子。
マネージャーも常日頃、その金額相当を動かすことはあるが、思い立って動かす金額ではない。
「キャッシュで払うことも出来たのに。なにも融資に頼ることもありませんでしたのに」
ストラテジストはのどが渇いていたのか、目の前のアイスコーヒーを一気ににも干した。
「経営において、キャッシュリッチは絶対だ。常に手元に潤沢なキャッシュを置いておく。
その外で、融資→投資→回収→返済→融資で回すのが肝要だ。下手な経営は利息をケチってすぐに手元のキャッシュを使いたがる。
いかに会計上利益を圧縮させるか、実質黒字をいかに大きくするかが経営、税理士、会計士の腕の見せ所だ」
マネージャーも黙って聞いていたが、腑に落ちたのか、落ち着いたのか、ここでようやく目の前のアイスコーヒーに手を添えた。
「して、あの土地と建物はどのように?」
ストラテジストは、カフェ店舗前での道路工事を見ている。
「あの書店に賃貸で一階フロアを貸す。利回り30%で回す。二階はわが社の地上支社を作る。
近所の駅が出来れば、土地の価格も上がるやもしれん。そうなれば、書店をバイアウトして経営権を掌握したのち、売却してもいい。
出口戦略を立てていないわけではない」
人以上の成績を収めようとすると、計画を超えた閃きや出会いでの差別化しかない。
「急な展開になったが、せっかく手に入れた箱モノをを遊ばせておくわけにはいかん。
人材は任せる。誰かを常駐させてくれ。ここを拠点に観光案内してもいいしな」
【金星周回軌道 みんなの地球連邦 試験練習船 J―NAS ブリッジ 船長】
「ミケア、早めに離脱しろ。耐えられるだけで、そこが良い環境でないことは確かなんだ」
「未確認機、どっかいっちゃったけど、いいの?」
未確認機は上空でワチャワチャと揉み合った時に、秒速100mの強風でお互いが別々に吹き飛ばされた。
「仕方ないだろ。今はそこから早く離脱しろ」
【金星 イシュタル大陸 マクスウェル山 みんなの地球連邦 試験練習船 J―NAS所属 人型支援探査機 トゥラン 正式名称 はやぶさ3号】
強風を避けるために、金星のマクスウェル山(1100m)の風下に降り立つ。
摂氏400度で900気圧の中で見る金星地表は、干上がった遠浅の海外のようだ。
「>_ミケア様、冷却限界までおよそ50分を想定しています。脱出を急がれたほうがよろしいかと愚考いたします_」
「背中のランドブースターは使える?」
「>_現在、アイドリングで待機中。いつでもどうぞ_」
「>_警告。不明機の急速接近を感知_」
「うお、忙しいな!」
無人と想定される未確認機は自爆を試みるも失敗し、その後は地表めがけてトゥランを巻き添えに地表衝突の自爆を試みるも、上空で吹き飛ばされて失敗した。
ただ、そうプログラムされているのか、執拗にトゥランへの攻撃を緩めることもない。
「>_衝突コースです。おそらく相手の主砲はダウンしているものと推測されます。地形に沿って直進してきます_」
「ランチャー装備! 軌道がわかるなら、当てられる」
トゥランは、シールドに収納していたパワーランチャーを右腕に装備する。油圧シールからのオイル漏れで動作が鈍い。
「>_油圧を規定値より上げて、動作補正。パワーランチャー装備完了。予測軌道から標準定めます。目視まであと想定1分ほど_」
そのまま待機する。
急に渓谷の陰から未確認機が出現。機体は斜めになっているところ見ると、満身創痍なのだろう。
もはや地表から上がるだけの機能は喪失していると見られる。
「>_目標ロック_」
「じゃあね」
ミケアは、手元スラストレバーの指先のレバーを押すと、パワーランチャーから放たれた光線は、まっすぐに未確認機へと吸い込まれていく。
未確認機は大気圏滑空能力を失い、地表へ激突して、トゥランの数百メートル手前で沈黙した。
ミケアは無言のまま、さらに数発を沈黙した未確認機へと発射。小爆発して沈黙。大気の主成分が二酸化炭素なので、発火爆発の心配は少ない。
「あれを持って、空へ上れる? その漢字じゃなくて、宇宙って書いてね」
「>_上空での強風下でのバランスが難しく。
両機の重量を持ち上げるだけの推力はありますが、置いていかれることをお勧めします_」
「せっかく捌いててご馳走しようと思ったのに」
「>_またの機会を楽しみにしております」
「>_各部油圧喪失可動部は電動ギアに切り替えます。ランドブースターチェック。DREチェック。バランサーチェック。カウンターウェイト、パージ」
背面のランドブースターが90度水平展開して、スラスターノズルが露出。脚部と自前の背面スラスターエンジンを噴射すると、トゥランの機体はふわりと持ち上がる。
「帰ろう、ハムちゃんが待ってる」
トゥランは轟音と爆炎の中から、垂直離脱に成功。再び硫酸の雲を抜け、金星の大気圏を離脱した。




