41 ホワイトナイト
【金星周回軌道投入 みんなの地球連邦 試験練習船 J―NAS ブリッジ 船長】
「聞いての通りだ。地表衝突を狙っているなら、それまでに拘束を解かないとまずい」
トゥランは抱きつかれているために、背面で畳まれているランドブースターを展開出来ずにいた。
そのまま、トゥランは未確認機と揉みあいながら、急速に金星の大気圏へ吸い込まれていく。
大気との摩擦熱で外装表面の温度が上がっていく。
元々が惑星不時着までの生命維持を念頭に置かれていて、非常時はコクピット部は脱出ポッドにも使えるような設計にはなっている。
しかし、未確認機がシールドごと抱きついた状態では、背面のランドブースターも、脱出用ハッチも展開ができない。
やがて両機は、成層圏を抜けて、硫酸の雲と秒速100mを超える突風に見舞われる。
「>_警告。第一装甲、および油圧シーリング部が徐々に溶融腐食を始めています」
それは、未確認機も同じで、特に先にトゥランのレールガンで破壊された背面部位は表層コーティングを破壊されて母材がむき出しになっているのだろう。色が変色している。強酸性の硫酸による腐食が進み始めていた。
加えて秒速100mでの暴風で、やがて両機は引き離されて、まったく別の方向に吹き飛ばされてしまった。
「>_降下スピードが速過ぎます。一度安全に地表へ降りることをお勧めします_」
トゥランは耐熱シールドを盾にして暴風で吹き付ける硫酸の粒と砂塵を避ける。
ミケアはボギーのアドバイスに従って風下になる谷地形を探して、トゥランの通常スラスターを噴射して着陸に備える。
やがて、硫酸の雲を抜けると風も多少弱くなり、トゥランは摂氏400度と900気圧、地球の重力の0.9倍の地表に降り立った。
地球で言えば、深海900mの水圧に相当する。
各国の海軍が所有する潜水艦で、約400〜500m。
深海救難艇が約1000m。
しんかい6500が最大深度6500m、つまり6500気圧に耐えられる。
900気圧の圧力で、各部からきしむ音が聞こえる。
『>バンッ! バンッ!』
一番圧力に弱い、ランディングライト、タクシーライト、ポジションライト、ナビライトと、次々に割れていった。
【名古屋市 七五三書店】
「急に呼び出されましたが、今日は如何様なお話で?」
『みんなの地球連邦株式会社』 第一次株主総会に出席するために地上に降りていた、親会社旗艦オウムアムア代表ストラテジストとと、その敏腕マネージャー。
二人は原住民がひた隠す『薄い本』とやらを探しに入った書店で、偶然に書店の置かれた現状を耳にして、予定外の滞在は一週間ほどになってしまった。
流行りのパンデミックが収束したものの、客足は一向に回復することなく、借金で経営をつないでいた同書店の経営者は、返済が滞り、土地に抵当権を付けなかった銀行は不良債権として回収業者に債権を売り渡してしまう。
債権回収業者は、この書店を別企業に買収清算させて、経営を退いてはどうかと説得していた。
「一括返済か買収かを迫ったのには、間違いないのだな?」
「失礼、どなたかご紹介いただいても?」
急に出てきた外国人と、お付きのスーツを着たビジネスマンの圧に、回収業者は書店の経営者に説明を求める。
ストラテジストは、書店の経営者が口をはさむ前に、自ら名乗り出る。
「この際、誰かというのは関係あるまい。原住民が言うところの、ホワイトナイトとでも名乗っておこう。彼は銀行員だ。気にするな。
繰り返すが、先の質問、間違いないのだな? 今、ここで回答していただきたい」
数億の金額だ、すぐにどうこう出来ないと踏んだ債権回収業者は、簡単に口車に乗る。
「一括返済が可能だとおっしゃる?」
「債権の証書を出したまえ」
回収業者がビジネスバックから取り出したのは、債券譲渡証明書と、負債の請求書、未記入の返済同意書。
未記入の返済同意書は、こちらでうまく処理するから一切を一任しろいうものか。
「支払いは銀行員の彼に任せる。支払いの相互確認が出来たら、出ていきたまえ」
書店経営者の横にいた銀行員が軽く頭を下げる。
しかし、予想していたストーリーに突然割って入ってきた外国人に、予定を狂わされてしまう債権回収業者。
「お待ちください。債権を持っているのは私どもです。債権譲渡した覚えはございませんし、第三者が出て来る言われもございません」
「我々がこの書店を買収、子会社化する。すでに合意され、買収額はここの会社の口座に支払い済みだ。そしてその債権は、ここの経営者と会社名義で支払いをすることになる。
債権者が債権所有者に債権額と利子を支払う。何か不思議かね?」
債権回収業者は、たった数億の金額よりも、買収後の値上がり益の数十億というスキームを狙っていたが、あっさりと全額一括返済というシンプルな商取引で終わってしまった。
「この書店は引き続きリースバックで経営を続ける。
貴殿はこの書店をいたくお気に入りのようだったね。じつに良い書店だ。意見が合うのはうれしいよ。本を買うなら、また寄りたまえ。しおりをサービスしよう」
銀行員が、債権額の振り込み方法の確認を進めるが、回収業者の男は上の空のようだ。
「マネージャー、少ししゃべり過ぎてのどが渇いた。よかったら、どうかね?」
ストラテジストは、書店近くのカフェ 【まろほば珈琲館】を指さした。
【香港 某投資ファンド】
「失敗のようです」
「……主様に連絡を入れろ。火星付近なら、電波は届くだろ」
(ホワイトナイト)
相手企業の経営陣の合意なしに敵対的買収を仕掛けられた際に、経営陣の合意も得た上で友好的に買収防衛する企業のこと
(リースバック)
所有者から建物を買い取った上で、再度元の持ち主に賃貸で貸し出す




