35 薄い本とは
【数日前 月裏側 母艦オウムアムア ファンド系投資顧問星系探査艦 指揮官ブリッジ】
「『薄い本』という極秘文書なるものがあるそうだが、知っているか?」
ストラテジストが、社内調査室が入手断念した資料について、参謀に語り始めた。
「調査室が原住民に資料開示請求したところ、頑くなに拒否された」
参謀が調査資料をパラパラ捲りながら、顔を曇らせる。
「実は我々も入手を試みましたが、接触した原住民は、逃走してこれをシュレッダーにて破砕。失敗に終わっています」
「ふむ、原住民が何かを隠していると?」
「さて。この時点で隠蔽するとしたら、第三勢力との接触の可能性は、否定出来ないかと愚考いたします」
彼らは現地政府にバレずに諜報活動をしなければならないため、表立って身動きも取れない。
そのために、社内の調査室の関係者が、原住民を装い、日夜諜報活動を続けている。
「そこまでひた隠しにする極秘資料とは、いったい・・・」
【日本 愛知県名古屋市吹上ホール 『みんなの地球連邦株式会社』 第一次株主総会】
「ご多忙の中、本日『みんなの地球連邦株式会社』 第一次株主総会へのご出席ありがとうございます」
春の通期決算発表後の株式総会を名古屋市で開くことになる。
「・・・と、前年度期末は赤字で終わりました。
新年度から、NASAのプログラム参加も決定していて、黒字転換を見込んでおります。
引き続き成長を優先させ、投資に回すべく今期配当は無配といたします。
なお、今期から株主優待としまして100株以上の株主の方には、当社ホームページから、株主番号を入力していただきますと、『君も地球連邦』ステッカーをダウンロード出来ます。ご利用下さいませ」
「今までの執行役員は、本日をもって解任となります。引き続き、本日の議題の議決を計りたいと思います」
「第一号議案、提示の名簿の執行役員の任命を計りたいと思います。賛成の方、拍手をお願いします」
『『パチパチパチ・・・』』
「議決権投票表及びインターネット投票を含め、賛成多数と認めます。明日からの執行役員の任期開始と致します」
その後第二号議案まで可決していく。
「・・・引き続きまして、質疑応答と致します。
参加番号をお伝えいただいて簡潔にご質問お願いします。挙手いただき、マイクへお願いします。
はい、ではそちらの方」
「220番です。支援母船と探査機のはやぶさ3号の乗務員名簿は出ませんか?」
「安全上の秘匿事項となります」
「123番になります。地球外文明を資産価値としてみた場合、今のPBRは低過ぎると思いますが、御社は株主価値をどうお考えか」
「引き続き、未知の発見、研究をもって株主価値向上に務めます」
「104番。先ほどのご質問の方と前後しますが、買収打診はされていませんか?
買収となれば、海外ファンドからの敵対的買収をもって役員を送り込まれ、地球外文明を自国のものにしようと画策するのが自然かと思うが、どうお考えか」
「仮定のお話には、お答えを差し控えさせていただきたいと思います」
船長は執行役員の一人として壇上にいた。ただし、船長自身が乗員であることは、秘匿としている。CEO含め社内で誰一人知らない。
そして、親会社のオウムアムアから、二人が株主席に着席していた。
壇上にいる代表取締役は、共同設立した日本政府の政府系投資ファンドの息がかかった、送り込まれた人間である。執行役員は、オウムアムアから地上調査員が送り込まれている。
いわゆる、見た目の経営組織は全て『雇われ役員』である。
株主席にいるマネージャーは、横のストラテジストに話しかける。
「あの104番。おそらく資金力のある、原住民のいう香港にある投資ファンドの息のかかった者かと・・・接触しますか?」
「・・・いや、泳がせておけ。あいつは実動部隊でしかない。
直感でいい、買収に出て来ると思うか?」
「思います」
「気が合うな。同感だ」
「んまぁ!(ハート)素敵!!」
なお、この二人が所属するオウムアムアが、筆頭株主にである。
この二人が、事実上の経営権を持つ。
【名古屋市 七五三書店】
「いらっしゃいませ!」
株主総会を終え、ストラテジストとマネージャーは、入手に手間取っている『薄い本』を探しにやって来た。
原住民がひた隠しにしている国家機密かも知れない極秘資料とのこと。
だが、葉っぱを隠すのは森の中。じつは、市場に出回っているとのことで、街中の書店を探し始めた。
店内は、お客はまばらで活気が無い。とても経営が順調なようには見えない。店員も暇そうにしている。
ストラテジストは、レジの店員に聞いてみた。
「『薄い本』というのがあると聞いたんだが」
レジの店員は、むむっという表情を浮かべたが、ストラテジストとマネージャーを見て、外国の方かと理解したようだ。
「こちらには、置いていません」
「・・・そうか」
ただ、ストラテジストは、店員の表情に一瞬影が落ちるのを見逃さなかった。
ストラテジストは、別の本を探すフリをする。
そこへ、入口からスーツ姿の男が入店してきて、店員に尋ねる。
「社長は、いらっしゃいますか? あさひ銀行から債権を買い取ったカミムラキャピタルと言えば、お分かりになるかと」




