34 第一次株主総会
【火星から地球へ帰還中 みんなの地球連邦 試験練習船 J―NAS 中央メインデッキ 作業員談】
「ミケアさん、トゥランから降りた時に、自室へ一目散に戻って行きましたよ。
ハムスターが、よっぽど心配だったみたいですね」
【月裏側 母艦オウムアムア ファンド系投資顧問星系探査艦 指揮官ブリッジ オペレーター】
「現地政府の証券取引所から、子会社に対して5%大量保有報告書が出された模様です」
ストラテジストは、やや曇った表情でファンドマネージャーに聞いてみる。
「たしか、現地取引所は、発行済み株式の5%を買い付けた場合、報告義務が生じるものだったな」
ファンドマネージャーは、手元のタブレットを見ていた。
「はい。この場合、単純な投資目的かは疑問ですが。
おそらく俗に言う、『物言う株主』かと。」
「オペレーター、監視を強めろ。マネージャー、その投資ファンドを調べてくれ」
【香港 企業棟高層ビル最上階】
「ご安心下さい。作戦は、滞りなく進んでおります。ご心配なく」
【火星から地球へ帰還中 みんなの地球連邦 試験練習船 J―NAS】
火星へ向かう際に、一旦月を折り返し、再度地球の後ろ側へ回って重力を利用して加速するダブルスイングバイ。
対して帰りは、火星の重力を振り切り単艦で加速する今回は、行きほどのスピードは乗らない。
火星にも衛星はあるが、重力がほとんど無いと考えられる。火星最大の衛星フォボスでさえ、月の1/4程度の大きさしかなく、自身を丸く成形するだけの重力は無い。ゆえに、形はいびつだ。
対して月は、表面の無数のクレーターが示す通り、他を引き付けるだけの重力を持つ。
行きに対して、帰りは長旅が予想される。ただ、今回は特にイベントは予定されておらず、帰るだけだ。
・・・何も起こらなければ。
但し、間もなく『みんなの地球連邦株主会社、第一次定時株主総会』が控えている。
船長は、執行役員の一人として出席しなければならないので、のんびりというわけにはいかない。
【月裏側 母艦オウムアムア ファンド系投資顧問星系探査艦 指揮官ブリッジ ファンドマネージャー】
「5%大量保有報告書を上げてきたのは、現地香港といわれる地域で、『ブラックスワン・インベストメント』と名乗る投資顧問会社です。
ただ設立されてしばらくは表立った活動は見られなく、今回初めて名前が公表された模様です」
ストラテジストはそれだけを聞くと、あごに手を当て考えた。
「子会社の次の株主総会は、間もなくだったな」
「そうですね、来月になります」
「我々も出席する。準備を進めてくれ」
「まぁ嬉しい♪ つまり二人でですね。
やっぱり、親が勝手に決めた婚約者登場に嫉妬されているのですね。いよいよ私達のドラマが始まるのね」
「・・・?」
その横で、参謀は顔を横に向けて、時折肩を震わせる。
「何かな?」
「コホン、いえ、特に」
【火星から地球へ帰還中 みんなの地球連邦 試験練習船 J―NAS ブリッジ】
「>_本船は間もなく、月による減速スイングバイに入ります。本船は間もなく姿勢変更のため、意図しない慣性変化の可能性もあります。ご注意下さい_」
「オペレーター、船体180度微速回頭始め!」
「アイアイサー!」
コントロール・モーメント・ジャイロ(Control Moment Gyroscopes: CMG)は、回転する円盤の力を利用して、大型の宇宙船の姿勢制御を開始する。
J―NASは、CMGを8基搭載している。
第一船体に4基、第二船体に4基。
非常時に結合部ユニットから分離した際に、個別の宇宙船として行動するため、それぞれに4基づつ搭載する。
通常の結合運行時は、そのうちの4基を使用する。
試験練習船J―NASは、地球へ帰還するために、一度月の重力を利用して減速処置に入る。
月の公転方向正面をかすめるため、角度を間違えると、公転する月が近づいて落下する可能性もある。
船体の減速調整のため、船の向きを後ろ向きに変えて、補助エンジンを噴射させる。
「>_これより、予備減速に入ります。補助エンジンスタンバイ_各員、安全姿勢_軌道シュミレーション開始」
「>_マスターイグニッション起動、出力1/4で逆噴射開始5秒前・・・3、2、1_」
『!<バシューーーー>』
まず、月への進入速度を弱める。速度が速すぎると引力を十分利用出来ず、遅いと月へ引き込まれ衝突する。
年単位で帰還するなら、地球を1回目減速スイングバイ、公転反対側で2回目の減速スイングバイをかけて、地球周回軌道へ入ればいいが、そんな時間的余裕は無い。月と地球の公転速度、引力を差し引いて、足りない分は、自身の逆噴射でスピードを落とす。
「>_エンジン停止5秒前・・・3、 2、1_エンジン停止」
「>_姿勢修正、軌道再計算_」
慣性制御の中でも、やや減速Gを感じる。
あれ以来、何かのトラブルもなく、無事に月軌道まで到着することができた。
月公転方向正面を横切り、明日には地球の周回軌道に到着する予定である。
J―NASは、このまま反対向きで、地球へ向かう。
【株式 SNS】
株式市場では、みんなの地球連邦が火星往復の偉業達成をもって御祝儀相場を期待していたが、特に反応を示すことも無かった。
むしろ、日本の企業が月面着陸に失敗したと報道されたのも、宇宙企業への風当たりが悪くなった。
『みんなの地球連邦』は、材料出尽くしで株価は下げていった。
「お金返して」
「太陽フレアでパニックになるのに、宇宙株買うかね」
「チョレイ!」
「涙ふけよ」
「アイスペース!」
【火星から地球へ帰還中 みんなの地球連邦 試験練習船 J―NAS ブリッジ】
後ろ向きで地球の周回軌道へ接近する練習船、J―NAS。
「>_これよりブレイキングバーン・減速に入ります。各員、安全姿勢。出力1/4で逆噴射開始5秒前・・・3、2、1_」
『!<バシューーーー>』
「エンジン停止、軌道制御マヌーバ成功。地球周回軌道へ入りました。姿勢、正転します」
同日、同社は、支援母船と探査機はやぶさ3号が地球周回軌道に帰還したことを発表した。
【日本 愛知県名古屋市吹上ホール 『みんなの地球連邦株式会社』 第一次株主総会】
「ご多忙の中、本日『みんなの地球連邦株式会社』 第一次株主総会へのご出席ありがとうございます」
2025年6月6日、宇宙企業ispace(アイスペース、東京)は、着陸船「レジリエンス(再起、復活)」が月面着陸に失敗したと明らかにした。
減速に失敗し、月面に衝突したと見られる。
2023年5月に一度失敗し、そのリベンジが期待されていた。
同日、東証9348 ispace 株価前日比-28.74%、ストップ安。




