33 もうお嫁に行けない
【火星から地球へ帰還中 みんなの地球連邦 試験練習船 J―NAS オベーションAI ボギー】
「>_相対速度差から、後ろ方向へこれ以上母艦との距離が離れると、帰還出来なくなる恐れがあります_」
支援機のトゥランは、未確認機のマニピュレータに拘束された状態で、J―NASを飛び越え、さらに火星方向へ押し戻され、相互の距離が離れていく。
時速数十万キロで進むJ―NASと、その反対方向へ数万キロの速度で逆向きに押されるトゥラン。
早く拘束を解かないと、数十万キロと離れた場合、母艦に追い付けなくなる。
J―NASより自重の軽いトゥランのほうがトップスピードは早いが、積んでいるエネルギーや推進剤が違う。
【月裏側 母艦オウムアムア ファンド系投資顧問星系探査艦 指揮官ブリッジ 正面モニター】
オペレーターが突然割り込む。
「子会社の支援機、未確認機に拘束されました。脱出出来ません!」
モニターには、オウムアムア専属ファンドマネージャーの自称フィアンセの姿がある。
「まぁ、今回はいいでしょう。
赴任のご挨拶に伺ったのと、麗しの姫君の御両親のお気持ちをお伝えした次第です。よくよく御判断をお間違えなさいませぬよう。
今回の作戦、ストラテジストの貴方の胸をお借りします。お手柔らかに。
それでは、失礼」
【地球連邦株式会社 支援機トゥラン】
未確認機の両脇のマニピュレータで拘束、火星方向へ押し返される。
「推して参る!」
トゥランは押し返されまいと、背面及び脚部に装備のRDEエンジンをフルブーストさせるが、止められるほどの推力は出せない。
やはりダウングレードされているのが効いているようだ。
地球外文明では、たとえば地球の地表から自力で離脱出来るが、トゥランは、自力で地表から上がれない。
ダウングレードされているからだが、逆にかなり出力に対して応力係数には余裕があり、エンジンが焼き付くなどの心配は皆無である。
『ガコンッ』
急に加速Gから開放される。
未確認機がマニピュレータを解放し、急に離れていく。
そのまま反転して、消えていった。
「>_未確認機、警戒区域離脱_」
どういった意図かはわからないが、解放されたことには違いない。
依然、トゥランはJ―NASと逆方向に飛ばされている。
「トゥラン、減速!」
『!<バシューーーー!>』
J―NASにとってのスピードは惑星間移動のスピード、もしくは、架空座標から一定時間での移動距離に対して、
支援機のトゥランのスピードの概念は、あくまで母艦との距離、相対速度をいう。
スピードプラスマイナスゼロというのは、母艦に対しての一定距離なので、絶対速度で言えばJ―NASは時速数十万キロのスピードで惑星間移動をしている。
反対方向へ飛ばされたトゥランは、時速数万キロのスピードを止めてなお、母艦と同方向へ時速数十万キロで加速をプラスする必要がある。
なんなら、先ほど離脱した火星軌道へ押し戻された。
支援機が母艦より後方へ移動することを良しとしないのは、このためだ。
瞬間対比自重出力は、トゥランが遥かにJ―NASの補助エンジンよりも上回るが、スタミナは話にならない。
「ボギー、J―NASまでの最短でどのくらいで帰れる?」
「>_今現在、火星の引力に引かれています。これを振り切って再加速、J―NASに追い付くには、12時間前後を予定しています_」
「安全マージンを残した上で、エンジン連続噴射! おうちに帰ろう!」
通常、空気抵抗がない宇宙空間では、ひとたびスピードが乗れば等速を保ち続ける。
しかし、ミケアは女の子。12時間コクピット缶詰は、お手洗いの心配が出てきた。
可能な限り、最短時間を目指す。
一応は、非常食とオムツの用意が座席後ろにあるにはあるが、それとこれとは別問題である。
たとえば、トゥランを横向きに加速させれば、疑似的に重力が出せるんだろうか?
そうすれば、普通の簡易トイレも使えるんだろうか?
心配してもやれることは無い。あとはボギーに任せて、一眠りしようかな。
「ボギー、暇だから落ち着くヒーリング流して。ボギーセレクトでいいよ」
「>_了解しました。睡眠導入に良い空間をご用意します_」
ボギーが選んだASMRは、雨が降る田舎町の音の風景である。
障子戸を開けた日本建築、小路を挟んで田畑が広がり、遠くには山々が景色として映る、月明かりの夜。
心地良い雨音が、心を落ち着かせ、睡眠へ誘う。
・・・はずだったが、
雨音から水を想像していたら、ミケアは急に自分大雨警報が発令された。
自分緊急非難を呼び掛けられ、ミケアは、座席後方からゴソゴソと取り出したのは、オムツ。
数分後、彼女はシクシク泣いていた。
RDE=
(Rotating Detonation Engine)
回転爆轟波エンジン
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『 音霊と紡ぐ、心地良い世界 』
『 外レ聖女の魔装具珈琲店 』
――――二作品、新作始めました――――




