31 月の裏側まで追いかける
【火星周回軌道間もなく離脱 みんなの地球連邦株式会社所属 試験練習船J―NAS ブリッジ】
「主砲、撃ち方やめ! 発進準備!」
『!<警告音>_』
『!<ゴォォーーーン!>』
オペレーターが叫ぶ。
「迎撃は!?」
「しない。このまま振り切る」
「>_未確認体、グレード1侵入。なおも接近_」
「記録して 向こうにも送信しておけ」
「>_エンジン圧力上昇。発進の命令を_」
「まだだ」
船長は、後方から近づく未確認機影が、エンジンブロック後方へ回るタイミングを狙っていた。
「>_エンジン圧力、臨界まで上昇_」
「ボギー、J―NAS発進だ!」
重水素核融合炉で生成された高エネルギーをプラズマ化。
アクセラレーターでさらに加速された高温プラズマガスを、J―NASは四発のベクタードスラストノズルから噴射して、その反作用で前進する。
火星軌道の引力を振り切って、船体は一気に急加速を始め、地球へ進路を取る。
『!<ゴォォーーーン!>』
「いや、これは違う」
先ほどよりは、遠くで爆発した振動だ。
発進のタイミングで船体後方へ回った未確認機は、ノズル至近距離でJ―NASの全力発進による、青白く光るプラズマ化した高温ガスの直撃を浴びた。
瞬時に高温による装甲金属の表面剥離、融解の後、自身の推進剤に誘爆。
爆発四散していった。
【月裏側 母艦オウムアムア ファンド系投資顧問星系探査艦 指揮官ブリッジ】
「ほぉ、なかなか。やりますな」
「小型機に至近距離での主砲など、なかなか当たらないものだ。
赤い彗星も、当たらなければどうということはないと、突っ込んでいくくらいだからな」
「・・・?」
「あの船長も、なかなかだな」
参謀は、ニヤリと頬を緩める。
「・・・なんだ?」
「いえ、特に」
【火星周回軌道離脱 みんなの地球連邦株式会社所属 試験練習船J―NAS オベーションAI ボギー】
「>_エンジンオフまで、カウントダウン・・・3、2、1_」
「>_エンジンオフ。ジェネレーター供給カット_」
「>_これより、慣性航行に移行_」
「>_ラジエーターパネル開放_」
「>_コース修正。シュミレーションとの誤差
許容範囲と確認。発進は成功しました_」
『!<警告音>_』
「警告、進路前方グレード2 未確認機影急速接近」
一仕事終えたつもりの船長は、慌てて情報パネルにしがみつく。
「ウソだろ。さっき、木っ端微塵になったろ!?」
「>_先ほどとは、別機体のようです_」
【月裏側 母艦オウムアムア ファンド系投資顧問星系探査艦 指揮官ブリッジ オペレーター】
「マネージャー宛に通信が入っています」
「わたしに? 誰から?」
「・・・えっとそれが、本人ならわかるとだけ・・・」
「ああ! はいはい、わかった。いいわよ、出してちょうだい」
「・・・あのぉ、よろしいので?」
空気を察したストラテジストが、マネージャーの何かしらの厳しい表情に気付いた。
「その、マネージャー。
作戦中ではないので硬いことは言わないが、私的な通信なら部屋でゆっくりやりとりしたらどうか?
聞かれてもいいなら、我々はアレだが・・・」
「お気遣いありがとうございます。大丈夫です。オペレーター、出してちょうだい」
何かしら微妙な空気になり、参謀はダンマリを決め込むことにした。
「正面、出します」
オペレーターが操作すると、正面モニターに若い男性が現れた。
溜息を漏らしたのは、マネージャー。
ストラテジストは瞬間険しい表情で無言。
モニターの若い男性は、きちんとした身なりで、どこか高貴な匂いが漂う紳士。
彼はマネージャーに温かい目線を送った。
「久しぶりだね、愛しの君・・・」
マネージャーは、眉間をピクピクさせる。
参謀は、ポーカーフェイスでダンマリ。
ストラテジストは、気まずい雰囲気で目を閉じていた。
「おや、隣を見れば、業界一のストラテジストと名高いあなたもここにいたのか、これはこれは(笑)」
オペレーターだけは、カッコイイアイドルを見るようで、うわぁ!とテンションが上がっていた。
「ふん、相変わらずのようだな。お坊ちゃんは、おうちでお茶でもしていたらよかろうに」
ストラテジストはモニターの男性に嫌味を言ったりもするが、彼はどこ吹く風といった感じだ。
「僕だって、そうしていたいさ。しかし、求められてしまうのだよ。
助けを求める子羊達がいるなら、手を差し伸べる。自然なことだよ」
オウムアムアのブリッジで唯一、オペレーターだけは乙女の顔をしている。
マネージャーは、虫けらでも見るような視線を送る。
「自分の持つ溢れる優しさには、常々戒めないととは思っているんだ。
その点、業界一のストラテジストとして貴方の冷酷な経営手腕、トレーダーとしての才能、僕が見習うところさ」
「ふん、誉めても駄賃にもならんぞ。何の用だ?」
「失礼、貴方に用は無い。隣の麗しい姫君に用事なんだよ」
モニターの美紳士は、マネージャーを愛しい目で見ていた。
「さて、麗しの君。そろそろご両親が心配される頃では? 戻られては如何かな?」
「・・・今はまだ、そういう気分にはなりません。御用がお済みでしたら、お帰り下さい」
「君という美しいバラの棘は、僕の心を深く刺してきて、ますます僕を離そうとしない。悪い気になれないな」
やり取りを眺めていたオペレーターは、参謀に(誰?)と目線を送る。
気付いた参謀は、小声で応答する。
「あの方は、マネージャー女史の・・・」
「フィアンセと名乗るのは、僕もまだ照れるんだ。
自己紹介するときは、『彼女の良き理解者』とさせてもらっているよ」




