30 火星軌道離脱
【火星周回軌道 みんなの地球連邦株式会社所属 試験練習船J―NAS 休暇日 中央メインデッキ、作業班】
先日の騒ぎで急遽配備された、ワープコアのみ封印された親会社の無人艦載機。
それを今の、母船と支援機で埋められない穴を埋める最適解カスタムをすべく、AIボギーによる一部バラし整備に入っていた。
一方、作業班の面々は、ちょうど先日、ミケアのハムスターがハマった穴がちょうど良い大きさだったので、
穴の中に詰め物をして深さを調整、ブラシの床ホウキをパターに、ピンポン玉をゴルフボールに見立てて、パターゴルフに興じていた。
今回のパターゴルフコンペは、ミケアと、オペレーターの女の子から賞品が授与される。
1位は、ミケアのハムスターと遊べる権利。
2位は、オペレーターの子と釣りに行ける権利だ。
これが微妙にゲームを面白くさせる。
みんなが2位狙い、本命は2位なのだ。
ミケアのハムスターと遊べる権利は、言い換えれば、ハムスターハウスをきちんと掃除して、床材のチップ交換、砂遊び用の砂とトイレの砂の交換、水の交換とエサの補充とかをさせられる。
運良く1位になってもダメだし、3位になってもダメというところで、男同士の真剣勝負が行われていた。
【月裏側 母艦オウムアムア ファンド系投資顧問星系探査艦 指揮官ブリッジ】
ストラテジストは、地球から取り寄せた紅茶が気に入り、のんびりティータイムを楽しんでいた。
「来ると思うか?」
参謀は、ストラテジストのティータイムに付き合っていた。
「・・・おそらく」
ファンドマネージャーは、今回の艦載機譲渡費用などを子会社へ請求する手続きや、本星への登録解除手続き、税金の還付処理に追われていた。
【火星周回軌道 みんなの地球連邦株式会社所属 試験練習船J―NAS 休暇日 談話室】
西尾抹茶でティータイムをしていたミケアは、ボソッと呟いた。
「やっぱり来るよねぇ・・・」
船長は、ミケアのティータイムに付き合っていた。
「・・・・そりゃあ、来ない理由が無いだろう」
オペレーターも半田某陶器メーカー名物『トイレの最中』を食べながら、抹茶を楽しんでいた。
「お友達になればいいのに」
ミケアは、彼女が楽しんでいるお菓子を見てボソッと呟いた。
「それのカレー味とか、やめてよ・・・」
【同 中央メインデッキ 作業班】
ミケア、オペレーター杯、バターゴルフ大会が終わり、1位と2位が確定した。
1位の作業員は、まぁ仕方ないかという表情だが、ハムスターと触れ合えるなら、それもいいかなとも思えた。動物は好きだし。
2位の作業員は、受賞を辞退していた。
彼はてっきり堤防から釣り糸を垂らす、楽しいラブラブな釣りを想像していた。
オペレーターの女の子は、馴染みの船長がいる、ガチ釣り師である。
釣り場所に選ばれたのは、愛知県渥美半島の沖合、サーファーが楽しむような波のあるところ。
船で沖釣りは、三半規管に自信が無いと逃げ場所の無いところで、地獄を見る。
乗合釣り船なので、途中で自分だけ帰りたいというわけにはいかない。
船酔いすれば最後、多くの釣り師かいる中、1日吐き続けて終わる。
ヒョロヒョロな男児に、ガチ釣り師のエスコートは務められない。
【暗躍集団】
「・・・・・ふふ」
彼は、口にワインを運んだ。
【月裏側 母艦オウムアムア ファンド系投資顧問星系探査艦 指揮官ブリッジ】
参謀とストラテジストは、火星付近の展開図をモニターに睨みながら、今後の可能性を議論していた。
「結局、来ませんでしたな」
「・・・参謀、君ならこのまま引き下がるかね?」
参謀は、あごに手を当て考える。
「ヨチヨチ歩きの支援機に、初めてもらったおもちゃ(艦載機)、不慣れな遊び場。
わたくしなら、もう少し楽しむでしょうね」
ストラテジストは、紅茶をすすりながら呟く。
「では、そういうことだ」
【火星周回軌道間もなく離脱 みんなの地球連邦株式会社所属 試験練習船J―NAS ブリッジ】
その後は、決められた予定を着実にこなし、初のEPR超光速通信による配信作業も終わり、帰路の準備に着く。
「結局、来ませんでしたね」
オペレーターは、発進準備を進めていた。
トゥランの整備も終わり、J―NASは地球へ向けて再発進の準備を進める。
「>_航行プログラムスタート、スリープを解除します_」
「>_APUオン。目標へコース設定_」
「>_メインジェネレーター起動_」
もうすぐ地球に帰れるのに、船長の表情は固いままだ。
ロマンチスト船長は、よっぽど火星から離れたくないんだなぁ、とオペレーターは思った。
「>_目標座標までシュミレーションスタート_」
「>_一番二番メインナセル、オフ。三番から六番補助エンジン、オン_」
「>_補助エンジンマスターイグニッション起動。アイドリング開始_」
「>_APUオフ、シャットダウン。スラスター姿勢修正_」
『!<警告音>_』
「>_警告、グレード3。後方から急速接近する未確認、識別不可の高速移動体_」
「ボギー、バリア展開!」
「>_バリア内でインパルスドライブ全開は、エンジンブロック誘爆の危険性があります_」
この船のインパルスドライブは燃料が違うだけで、ガスを噴き出して反動で動く地球のロケットと、原理は大差ない。
バリア内部で、高出力の爆発を意図的に起こすと、船体に影響を及ぼす。
ワープコアを使用する後方左右に大きく迫り出したナセル、ワープドライブは化学反応を用いた推進剤を使用しない。
その点優れているが、オーバーテクノロジーを渡さない意図で封印されている。
「>_係留座標ロック解除。コースチェック_」
「>_エンジン温度チェック。クリア_」
「>_エンジン出力、間もなくV1を超えます_」
『!<警告音>_』
『!<ゴォォーーーン!>』
【同 ミケア自室】
「わあああああ、何だあ!?」
やることがなく、部屋で爆睡していたミケアは飛び上がる。
【同 ブリッジ】
オペレーターがモニターに目を走らせる。
「第一船体後方に損傷」
「>_エンジン出力間もなくV1を越えます_」
「船長!」
「全チャンネルで警告発信。主砲最小限で威嚇発砲用意。船はこのまま、発進させる。」
『!<警告音>_』
『!<ゴォォーーーン!>』
「第一船体被弾!」
「待たせたな!」
ブリッジ入口から、ミケアが寝間着姿で登場する。
「待ってない」
「>_エンジン始動カウントダウンスタートから、V1を越えました_」
「>_未確認体、後方急速接近、グレード2_」
ミケアが叫ぶ。
「迎撃は!?」
「威嚇でいい。主砲撃て!」
「>_未確認体、間もなく接敵、グレード1侵入_」
EPR超光速通信=
(Einstein–Podolsky–Rosen paradox)
アインシュタイン―ポドルスキー―ローゼンのパラドックス
最近、パラドックスは存在しないことが証明されてしまった




