29 前に、前へ、さらに前に
【火星周回軌道 みんなの地球連邦株式会社所属 試験練習船J―NAS 談話室】
「あれですか、火星って?」
「>_間もなく火星の重力圏にて、スイングバイによる減速に入ります_」
火星を、目指して航行を続けてきたJ―NASは、火星の重力圏に近付いていき、斜め後ろから引っ張られるような形で減速を始める。
そのまま渦巻きに巻き込まれるように火星周回軌道へ入っていく。
そこへ、船長がブリッジへ入室してきた。
「残念なお知らせが、あります」
船長が涙目で、肩を落としていた。
「火星地表への着陸は、今回見合わせることになりました」
⋯⋯ふぅ〜ん。
「あれ? 残念じゃないの?」
船長の肩を落とした様子と反対に、ミケアとオペレーターが目を合わせる。
「別に、何か美味しいものがあるわけでもあるまいし、砂しかないし、トゥランで降りて砂に『見参!』って書いたら、偉い人が絶対怒ってくるし」
「火星人がいて、『ようこそお越しくださいました。こちら、朝の砂嵐で取れた火星モグラの姿焼きです』って出してくれるんなら、行きたい」
前者のミケアに、後者のオペレーター、共に女性陣には、船長の男のロマンが伝わらないご様子。
「まったく興味無いですけど、なんで中止になったんですか?」
オペレーターが残酷なトドメを刺してきた。
「日本側に今回の計画を伝えたわけだ。『バケツいっぱい砂持って帰ろうと思うんです』って。そしたら、余計なことするな、言われた」
つまりは、まず生命の可能性がある異星の砂をホイホイと地球に降ろすな、手違いで外部に流出したら、地球に良くない形で繁殖する可能性を指摘された。
また、どうやって地表に降りるのか聞かれたから、支援機を逆噴射して降ろしますと回答すると、それも困るとのこと。
今までの地表に降下した探査機は、コストや確実性もあるが、生命の痕跡の可能性がある地表を焼かないことから、パラシュートクッション方式を採用している。
最初の探査機バイキング以降は、逆噴射式は採用されていない。
同様の地表に降りる手段を、今回は持ち合わせていない。
このことから、SNS映えする写真でも撮って帰ってきたら、と言われて今に至る。
「オポチュニティ、見たかったなぁ⋯⋯もう帰るか⋯⋯」
すっかり職務意欲を無くした船長を尻目に、オペレーターは盛り上がる
「今から戻れば、ちょうど桜のシーズンくらいじゃないですか?」
「お仕事だから、やることやってからだけど。そんなに時間は必要ないかな」
今回他のミッションとしては、地球からさらに離れた場所からの、外宇宙へ向けた超遠距離望遠撮影と、火星の観測等である。
オペレーターは桜のシーズンと言いながら、釣り竿のリールを巻く動作をしていた。
従来は、地球と火星の距離が一番近付くなる2年周期のタイミングを狙うが、J―NASクラスでは、さほど考慮の必要性は無い。
この世界の最大のテクノロジーは、『暗黙のお約束』である。
【同 ブリッジ オペレーションAI ボギー】
「>_御覧ください。超望遠撮影によるこの写真は、超新星爆発の様子を捉えた写真になります_」
「ボギーさん、めっちゃキレイな写真じゃないですか!」
「>_問題は、この箇所になります_」
モニターに映った写真の一部を赤い丸で印を入れる。
オペレーターは、目を細めてその赤い丸の中を懸命に見るが、
「んん~~、白い光と黒い点ですか?」
船長は、口に手を当てて一箇所を睨む。
「ズームはこれが精一杯か?」
「>_望遠、光学、最大望遠です_」
「画質補正かけて。拡大してくれ」
「>_こちらになります_」
そこには、ボンヤリと人工的なシルエットが映し出された。
「なるほど、面白い。特徴的な造形だ。味方機に該当するシルエットはあるか?」
「>_ございません_」
「敵の方ですか? またすぐに戦闘になりますか?」
船長は、ポテチを食べながら呑気に構える。
「この写真は、何光年も距離の写真だ。
つまり、数年前の写真を、今見てるに過ぎない。
今から最大収束の高エネルギーのレーザーを撃っても届くのは数年後だ。
ボギー、一応向こうにも写真送っておいてくれ」
「>_了解しました。⋯とは言え、この機体が数年かけてこの星域に来るわけではありません。
外宇宙の文明は、相対性理論を突破しています_」
オペレーターは、困惑した様子だ。
「すみません、わたし横文字弱いので、日本語でお願いします」
【月裏側 母艦オウムアムア ファンド系投資顧問星系探査艦 ブリッジ ストラテジスト】
「なるほどな。偶然にしては、凄い確率だ」
ストラテジストの横に、参謀が同じ写真を見て、眉間にシワが走る。
「これは、おそらくライバル会社の当事の新型ですな」
「決まりだな。こちらへ来たのは、奴らで間違いないだろう」
NASAのクリーンルームから新種のバクテリアが見つかっています。
そこで作られた探査機が、すでに運んでいると考える向きもあります




