26 その扉を開けよう
【間もなく火星軌道 みんなの地球連邦 試験練習船 J―NAS
中央メインデッキ トゥラン作業塔 ボーディングブリッジ】
出撃は渋るミケアだが、トゥランには愛着が湧いていた。
それ以上に、自分の発案で製作した、補修用の母船の外装を流用した実剣がお気に入りだ。
戦闘はしたくないが、早く使ってみたいという、相反する気持ちを抱く。
被弾した顔面はすでにキレイに修復され、一次装甲を施され、元の二次装甲の素顔は隠されている。
ミケアは勝手に、トゥランは女の子設定にしている。
出来れば、もっと可愛くしてあげたい。
リボンも付けようかな?
あちこちに、引っ掛かるか。
【同 ブリッジ 管制AIオペレーター ボギー 艦内放送】
「>_本船は間もなく、目的の火星軌道へ入ります_」
【同 ミケア 自室】
部屋に戻ってハムスターと遊んでいた。
"きなこ"がハウスから出てこないが、"あんこ"は、ハムスターハウスの入口にお尻を向けていた。
【同 オペレーター 自室】
寝てる。苦しそうに、手をクルクルしている。
(夢の中で、日間賀島沖で大物と格闘中)
【同 船長 船長室】
動画配信サイトで、初代はやぶさのPVを見て泣いていた。
【同 デッキ 作業員数名】
ある者は、筋トレ。
ある者は、パターゴルフ。
ある者は、セーターを編み。
ある者は、子供が描いたパパの似顔絵を見て涙。
ある者は、猫動画を見ていた。
【火星軌道へ向けて航行中 試験練習船 J―NAS ミケア 艦内放送】
「うわー! 集合ぉ!! 全員集まれぇ!」
【同 談話室】
船長
「は?」
オペレーター
「なぜ?」
他一同
「つまり?」
ミケア
「いなくなった。ハムちゃんがいない! "きなこ"がいない!」
船長は神妙な面持ちで、聞いてみた。
「もお〜、ちゃんと探したのか? いつ気が付いた? 部屋から出るわけなかろう?」
「ハムスターハウスから出てこないなぁと思ってたら、"あんこ"しかいなかった(汗)
部屋もめちゃくちゃ探した!」
オペレーターは、慌てるミケアに落ち着くように諭した。
「大丈夫ですから。それで、"あんこ"さんのほうは、今はご在宅なんですか?」
涙声のミケアが、か細い声で答える。
「いる。いないのは、"きなこ"だけ」
船長は、困惑を隠せない。
「言ったって、この広い船内を、あんな小さいの、もう見つからないだろ。
⋯⋯あぁいや、見つけないと、後で大掃除の時に、”仏さん”で出てこられても困るかぁ」
「⋯⋯⋯」
「ボギーさん!」
オペレーターが船内オペレーションシステムのボギーに呼び掛ける。
「船内の熱源センサーで、動く熱源は探せませんか?」
「>_⋯⋯⋯_」
AIも困惑することがあるのだろうか。
「>_特定は困難ですが、小動物の体温と思われる熱源を捉えました。
ダストシュート集積所から、デッキへ移動中です_」
ハムスターを飼ったことがある人は、わかる。
ハムスターケージによっては、ハムスターは自力で扉を開けることが出来る。
ケージの横扉を上にスライドして、中へごはんを上げる際に、ハムスターはここから出入り出来ることを覚える。
そして、自力でスライド扉を開けて、脱出することが、可能なのだ。
ここまでの推論をまとめると、机に置かれたケージから、ハムスターが自力脱出。
机すぐ脇のゴミ箱、捨てたお好み焼きの包みの匂いに誘われて、直下のゴミ袋へダイブ。
ミケアが気が付かないまま、ゴミ袋を部屋のダストシューターへポイっ。
ピットクルーの一人が、うわぁ、と天を仰ぐ。
「あんなごちゃごちゃしたところに行かれると、なかなか骨ですよ。
ネズミ捕り仕掛けたほうが確実ちゃいます?」
「ねずみ言うな!ハムだ!
これより捜索隊を編成し⋯」
『!<警告音>_』
「>警告。高出力の熱源反応。距離1000を右舷通過」
ハムスターの熱源反応と混乱する一同。
「ん~~、このタイミングで。ボギー、発射位置特定!」
「>_警告、グレード3。所属不明な機影を確認。小型機のようです。距離は一定を保っています_」
「トゥランを迎撃で出す。こっちは、小回り効かないからな」
「>_不可能です。ハッチ展開出来ません_」
一人のクルーが、ああ!と手を打つ。
聞くに恐ろしいことを聞かされる。
ミケア
「全員、デッキ集合! ハムスター捜索!」
船長は手で顔を覆う。前回にして今回も。
「バリア展開。主砲用意して待機」
【月裏側 母艦オウムアムア ファンド系投資顧問星系探査艦 ブリッジ オペレーター】
「子会社、攻撃を受けています」
「被害は?」
「今のところ、ありません。ですが、子会社反撃する様子も見当たりません」
参謀が、割って入る。
「問い合わせを」
【試験練習船 J―NAS ブリッジ AI ボギー】
『!<ゴォォーーーン!>』
「>_警告。右舷被弾。損傷無し』
「>_バリアの展開を待って、威嚇から直撃に変更した模様です_」
「>_攻撃ではなく、妨害が目当てと推測されます。出力も下げているようです_」
【同 第二船体中央メインデッキ 奥】
「ミケアさん、いましたよ!」
「どこぉ?」
「ここです!
マズいですねぇ。道理で熱源が動かないから、探しやすいと思った⋯⋯」
みんなが集まった先に、各所に開いているうちの一つ。
ゴルフのホールよりもやや小さな機材固定用の狭い底穴を見つめていた。
ハムスターの"きなこ"さんは、そこの20センチ下に落ちていた。
「さっきから助けようにも、手が入らないし、この子逃げるし」
『!<ゴォォーーーン!>』
「>_右舷被弾、バリア減衰率2%_」
激しい振動が、船を襲う。
一人がボソッとつぶやく。
「最悪覚悟決めるしか⋯⋯」
ミケアは、談話室で話をされたことを思い出して、断固反対する。
『トゥランを出す際には、与圧扉を解放します。開けた瞬間おそらく、ハムスターは真空中へ吸い出されてしまうでしょう⋯⋯』




