23 期せず、初陣
【支援探査機 トゥラン 式典用実剣装備】
トゥランは後方へのエンジンとスラスター全開の勢いそのままに、
スピードと自重を乗せた式典用のダミーの実剣に、両肩軸出力最大のパワーを乗せて、5階建てビル相当の隕石を思い切り叩き砕く。
瞬間、鋼材で作られた実剣は大きくひん曲がる。
元々実戦を想定していないお飾りの実剣は、それでも大型の人型支援機が帯刀するに相応しい、大きさと質量を持つ。
両腕部からの必要以上の軸入力を受けて、肩関節接続部の電磁クラッチが滑り、ロック用電磁ブレーキ作動。
油圧アクチュエータが悲鳴を上げる。
脚部、肩前部スラスターを正面に噴射。余る勢いを相殺。
ひん曲がったダミーの実剣を投棄。
無数の砂粒が周囲に飛散。トゥランは、両腕を少し斜め前に構え直す。
ミケアが叫ぶ。
「交戦不可って!? なんで!」
「丸腰だろ!退避だ!」
砕けた隕石の砂塵の中から、突然トゥランの胸を目掛けて、一本の光が走る。
「ちょっw!」
あまりにも明る過ぎて、モニターが真っ白で一瞬何も見えなくなる。
『!<ゴォォーーー!>』
「ぅわぁぁあ!」
胸の前に位置していた腕のシールドに被弾。
高集束された高エネルギーレーザー。
対被弾能力を供さないダミーのシールドは、レーザーに炙られ表面組織が蒸発し、プラズマ化して眩しい光を出す。
「シールドパージ! 離脱!」
左アームのトグルフックに取り付けられたシールドは、起爆したピストンイジェクターで、アームシールドを勢い良く強制分離する。
レーザーでジリジリと焼かれ、切り離されたシールドはそのままに、
トゥランは前方向全スラスターと脚部大型推進ノズルに全力噴射をかけて、その場の離脱を試みる。
シールドはやがて、プラズマ化したガスに引火爆発する。
爆圧に対して、腕を交差させたまま後方へ下がる。
「ぁんのやろ! そこを動くなぁあ!」
【月裏側 母艦オウムアムア ファンド系投資顧問星系探査艦 ブリッジ オペレーター】
「子会社の支援機、不明勢力と交戦中!」
ストラテジストは、たまらずに整備に指示を出そうとする。
「反撃させろ! 艦載機、出せるか!?」
「なりませぬ!」
参謀により指示取り消しを受ける。
「今から向かったところで、間に合いません。
ワープスピードで向かった場合は、距離が近すぎて追い越してしまいます」
地上への配信は切断したが、配信用のカメラは、自動でトゥランを追いかけるため、戦闘の様子は各母艦に逐次送り届けられていた。
ストラテジストは、参謀に詰め寄る。
「なぜ原住民は、応戦しない!?」
参謀は、モニターに表示されるトゥランを見た。
「支援機は、非武装状態をニュートラルとしています。
また、譲渡の際に、かなりのダウングレードを施しました。
それに⋯⋯」
「なんだ?」
「⋯⋯彼らの地域政府が、武器使用を厳しく制限しています」
【支援探査機 トゥラン コックピット】
「⋯⋯⋯」
どれくらい経ったか。
あれから、追い掛けて捕まえようとしたら、再度照明弾を目の前で炸裂させられ、目眩ましの隙に、敵機影は姿を消した。
先ほどまでの慌ただしい駆け引きから一転、辺りは静かに、周辺システムの音だけが、かすかにしていた。
「もういないよ。ここまでだ」
最後に被弾したタイミングで、敵機影も完全に消えていた。
「良かったね。配信に素っぴん載らなかったよ」
トゥランは、最初の予期せぬ被弾で、顔面の一次装甲を吹き飛ばし、二次装甲の素顔が暴露していた。
突然とはいえ、本当に実戦を経験して、魂が抜けていた。
「トゥランちゃん、全装備解除!」
『バシュン!』
トゥランは、ミケアの指示で残りの式典用の装備を全て投棄。
自己診断プログラムを走らせながら、帰投に着いた。
【試験練習船 J―NAS メインデッキ 回収用マザーアーム】
ミケアはガクンっとやや強い衝撃を受ける。
「>_CONTACT_」
トゥランのアレスティングフックにマザーアームがドッキングしたことをボギーが知らせる。
「>_お帰りなさいませ、ミケア様_」
トゥランが回収され、J―NASのデッキのハッチが閉じていく。
ボギーはゆっくりトゥランを拘束したマザーアームを進める。
反転させたトゥランに、整備棟が後方から接近してくる。
『ポーン』
大気が満たされたことを確認して、トゥランのハッチが開く。
【地球重力圏を離脱 試験練習船 J―NAS メインデッキ】
元々、探査機のカテゴリーなので、トゥランは戦闘を想定した機体ではない。
固定武装に装てんする弾は、親会社の意向により、支給されていない。
オプションの兵装も、渡されていない。
【月裏側 母艦オウムアムア ファンド系投資顧問星系探査艦 ブリッジ】
ストラテジストは、キレ散らかす。
「非武装の支援機が何を支援するのか?!」
マネージャーが、手元の端末で当初の計画書をパラパラとめくる。
「地域政府を選定するにあたり、敢えて縛りのある政府を選んでいます。
原住民に武器を供与したくないという我々。
自衛以外の非武装を理想とする現地政府。利害が一致します」
参謀がマネージャーに続いて捕捉する。
「武器を与えて、万が一原住民が我々に反旗を翻した際のことを憂慮したうえでの判断です。
現地政府からも、兵器と呼称するなと釘を刺されています」
「あの機体は、もっと言えば、あの船体だって、我々の提供したものだ。
このプロジェクト自体も、まだ始まったばかりだ。完遂することなく、頓挫するぞ」
参謀は、ふむ、と一考したあとに、発言を求める。
「ですが原住民が武器の帯同に慎重です。別地域の政府に委任すれば、あるいは⋯⋯」
「ダメだ」
「ダメです」
ストラテジストとマネージャーは、同時に発言した。
「わかります。なぜなら、他地域政府は好戦的であると⋯⋯。ですが」
「火星に到着したら映像をアップするのは、決定事項だ。
そして、奴らは必ず同じように仕掛けてくるはずだ」




