12 ハムスター、未踏の地へ
【月裏側 母艦オウムアムア ブリッジ ストラテジスト】
「ハムが無いと困るのか!?」
「はぁ、いや、普通に野菜お肉は、冷凍で積込みされているはずですが。
薄切りは持ってきたけど、厚切りを忘れたとか?」
呆れるストラテジストを横目に、実はオペレーターは、いつ帰れるか分からない一航海で、ハムが食べれないとイヤ、という原住民の気持ちがひしひしと理解出来た。
オペレーターも、現地から戻ってきたマネージャーがお土産に持ってきたシャウ⋯なんとかというウインナーが忘れられない。
一人、うん、わかるわかると頷く。
ストラテジストは、顔を片手で隠した。
「⋯⋯よくわからんが、丸裸にして渡すからだ。船を出すだけで、あんな面倒なシークエンスを。
教習所でしかやったことがないぞ。今どきオートだ」
マネージャーは、株価を見ながら、呟く。
「船一隻動かせないとなると、株価は暴落しますわね」
【試験練習船J―NAS 外装メンテナンスポッド】
1機のメンテナンスポッドがJ―NASから飛び出ていった。
かなり早い。もう見えない。
「>_目標を捕捉。これより、回収開始_」
ミケアは、固唾を飲んで見守っていた。
ブリッジ内、正面モニターにメンテナンスポッドからの映像が投影され、目標の小包ドローンが視認できた。
マニピュレーター先端が、小包ドローンに接近しつつあった。
「あれ? ウソでしょ!」
メンテナンスポッドがデカ過ぎる! 小包ドローンちっちゃ!
ミケアは、てっきりルンバと同じくらいと思っていたが、マニピュレーターは大型重機のアームよりも大きい。
そこそこの大きさの艦載機も曳航出来るだけのマニピュレータのパワーと推力を誇るらしい。
あのゴツい手で、ハムちゃんを掴むのかと思うと、倒れそうになった。
一方、小包ドローンは、金属製で小さなみかん箱くらいの大きさしかない。しかも、安っぽい。
「大丈夫なの? 優しく捕まえらるの?」
「>_____」
ボギーの回答は、無かった。
「成功確率90%って言ってたよね? 失敗する確率10%って、潰しちゃうってことじゃないよね?」
「>_⋯⋯今、集中してますので_」
集中が必要なAIだったら、地球製品以下じゃないか! 捨てちまえ!
映像に写る回収ドローンはゆっくりと近付き、マニピュレーターは、優しく小包ドローンを無事捕らえた。
ポッドは、フルパワーで⋯
ミケアが叫ぶ!
「フルパワーダメ! 潰れちゃう!」
「掴んだか!? よし、デッキに放り込め!」
「丁寧に扱ってよ!」
結局は、時間的に余裕で回収出来たため、ポッドはゆっくりとデッキへ格納された。
【月裏側 母艦オウムアムア ブリッジ オペレーター】
「原住民より入電。『間に合った』」
「⋯⋯なんて?」
【試験練習船J―NAS ブリッジ 搭載AI ボギー】
「>_ハッチチェック。エンジンスタンバイ。船長、発進命令を_」
「総員、安全姿勢! 出すぞ」
「J―NAS発進」
後部の四基の補助エンジンが、リミッター制限下とはいえ、その中で最大パワー稼働を開始する。
ワープエンジンを積む左右にせり出したメインナセルは、封印されて、沈黙を守る。
慣性制御が効いているものの、若干の加速Gを感じた。
数分のフルパワー稼働をした後⋯
「>_エンジンオフまで、カウントダウンスタート⋯⋯3、2、1_」
「>_エンジンオフ。ジェネレーター供給カット_」
「>_これより、慣性航行に移行_」
「>_ラジエーターパネル開放_」
「>_コース修正。シュミレーションとの誤差
許容範囲と確認。発進は成功しました_」
「ふぅ、よしっ! なんとかだな。メシにするぜ! ミケアは行ったか?」
「ミケアさん、ハムスターの回収に向かいました」
【アメリカ合衆国ハワイ自治州 ハワイ島マウナケア山頂
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構
国立天文台ハワイ研究所 すばる望遠鏡】
「動き出したようですね」
【月裏側 母艦オウムアムア ブリッジ オペレーター】
「原住民の発進を確認。原住民より入電有り。『ハム、無事』」
「⋯⋯何を言ってるんだ」
マネージャーは、そろばんを弾いていた。
「株価、上がり始めましたわね。よくてよ」
【日経マーケットプレイス】
「先ほど、IRが発表されたようです。
証券コード299B、『みんなの地球連邦』です。
内容は、当社が保有する練習船⋯宇宙船でしょうか? が、稼働を開始。
衛星軌道からの離脱を確認したとのことですが。カマタさん、やっとですね~」
「こんにちは。カマタ キンイチです。
上場から、株価は下げ続けましたね。
諸外国からの圧力は下げる材料と捉えられていましたが、今回は、一転上昇。株価は大量の売りの反対売買を巻き込んで、ストップ高貼り付きです」
【株式SNS】
「株価ロケット発射!」
「勝ったな。風呂入ってくるわ」
「売り豚、ねぇ、今どんな気持ち〜?」
「えっほ えっほ、時間外で買わせなきゃ♪」
【試験練習船J―NAS ブリッジ オペレーター】
「問題発生です。ミケアさんが暴れています」
「⋯⋯今度はなんだ?」
「ヒマワリの種が、入ってなかったそうです」
ペレットは同梱されていた。
試験練習船J―NASは、これをもって有史初のハムスター未踏の地へ旅を続ける。
翌日、地球重力圏を完全に抜け、太陽系航行を始めた。




