69 語る未来 始まりの日
クラウスは知らないが、レオナルドにとって、軍人学校での訓練や座学、貴族学院での課題は、入学前に想定していた程度の忙しさだった。
多忙ではあるが、“レオナルド・シュヴァリエ”であれば、十分にこなせる範囲だった。
だが、彼はクラウスに出会った。
軍人学校で、より多くを学ぼうとする理由に出会った。
軍人となったその先に、目指す場所を見つけてしまった。
“軍人”という立場は、当初、家が安定するまでの腰掛けにすぎなかった。
軍人学校でも最優を保つ予定ではあったが、求められる以上のことをするつもりはなかった。
――それなのに、クラウスの隣を目指すようになってしまった。
軍人学校で得られるすべてを、自分のものにしなければならなくなった。
入学当初の予定を遥かに超える――比べものにならないほどの鍛錬と学習に取り組むことになった。
加えて、クラウスの勉強も見ている。これがまた、非常に時間を食う。
また、クラウスと常に行動を共にすることで、交友関係を“適度”に保ちながら過ごすという当初の方針は、難しくなった。
結果、想定以上に周囲から絡まれ、対処に追われる日々を送っている。
さらにクラウスと出会い、“ただのレオナルド”としての友人を得てしまった。
本当の意味での“友情”というものを知ってしまった。
だからこそ、貴族学院で“侯爵家次男・レオナルド”の顔をして接する友人たちに、苛立ちを覚えることも出てきた。
そのストレスは、確実にレオナルドの疲労として蓄積されていった。
そしてこの“短期休暇”という名の、“公私あらゆる準備と対応を一手に担わねばならない期間”。
レオナルドは、ことさら忙しかった。
レオナルドはこの短期休暇で、入学後初めて、シュヴァリエ侯爵家が所有する王都の屋敷に向かった。
学業や社交など、侯爵家次男・レオナルドとしての義務を果たすためだ。
それさえなければ、レオナルドはクラウスをダシに嬉々としてアイゼンハルト邸へ出入りし、クラウディウスやマルグリットとの交流に勤しんでいただろう。
レオナルドの短期休暇の過ごし方は、こうだ。
朝は早くから机に向かい、来年度以降に提出するレポートを整える。
「来年度以降」というのは、今年度分はすでに、貴族学院入学前に作成を終えていたからだ。
それらは提出前に適宜手直しして、学院へと送付済みである。
今回手を加えたのは、用意してあった来年度以降の草案だ。内容をより深め、現時点での理解を加えて記述し直した。
軍人学校の課題ももちろんある。
戦術や過去の戦記に関する考察をまとめ、レポートとして仕上げていく。
ここでは、軍人としての学びだけでなく、貴族としての視点も混ぜて綴った。
当然、鍛錬も怠らない。
体力作りや魔術の訓練にも時間を割き、それらを日常の中に組み込んでいる。
ただ屋敷内を移動しているだけのときですら、自身の周囲に魔術を纏わせていた。
さらに、これからの季節に備えた服や小物の準備も欠かせない。
装いは社交の武器であり、準備と選定、そして入手にまで気を配らねばならない。
こうしたすべてを、社交の場に顔を出しながら並行してこなしていた。
ここでの“社交”とは貴族学院に赴くだけにとどまらない。
最低限の挨拶回りや、各種の集まりへの出席も含まれる。
それを怠れば、家の名に傷がつく。
だが、ただ“優秀な侯爵令息”としての評価を得ればいいというわけでもない。
あくまで“次男”であり、“スペア”としての立場と機能を、適切に、行き過ぎぬように示さねばならなかった。
繊細に、そして絶妙なバランスで立ち回る必要があった。
クラウスに未来を語ったこの日は、それらのストレスを溜め込みながらも、ようやく解放されるという気持ちで軍人学校に戻ったのだった。
しかしそこで待ち受けていたのは、レオナルドに執拗に絡む学生たち。
レオナルドは苛立ち、対処を考え、ふと、気付いてしまった。
今自分は、アイゼンハルト邸に出入りをしている。
そして、軍統帥であるクラウディウス・アイゼンハルトとは、良好な仲を築き、よく“雑談”をしている。
ならば“掃除”の相談くらい通るだろう。
それに、閣下もきっと綺麗好きに違いない。
であればーー心置きなく、屑を駆逐できる。
レオナルドの口元は、自然と綻んた。
こうして、クラウスとレオナルドの入学から卒業までの間に、軍人学校は大きく変革することになった。
しかしそれが、“理想の軍人”と呼ばれる父・クラウディウスと対立する考えを持つクラウスが、レオナルドの手を借り行ったもの――ではなく、貴族としてアイゼンハルト伯爵を高く評価し、軍人学校の生徒として、「軍人・クラウディウス・アイゼンハルトの在り方が“軍の理想”とされるべきだ」という考えを持つレオナルドの言葉により始まったことを知る者は、多くない。
そして、その始まりが。
「レオナルドがあまりの忙しさに疲れていてプチっとキレたから」だということを知る者は、世界でただ一人。クラウスだけだ。
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次回のタイトルは、「魔術の勉強 基礎の基礎」です。




