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56 実地演習 夜明けの訪れ

 長い夜が明け、太陽が昇るとともに、彼らはやってきた。


「おい、あれ……軍人さんたちが言ってた、王都からの援軍じゃないか!?」


 物見塔の上から、門を任された役人のもとへと声が落ちてくる。


「なんだと! 早く広場に知らせないと!」


 塔の上から笛を吹き、旗を振る。それだけのことなのに、手がわずかに震えた。


「こんなに早く……俺たち、助かったんだ……」


 彼らは与えられた“役目”をこなし、混乱に呑まれることなくここまで来た。

 レオナルドの指示、クラウスの存在、教官やケイランの支えがあったからだ。

 それでも、自らも気付かぬうちに、あるいは目を逸らしていた内側に、緊張と恐怖が確かにあったのだ。


 ほどなくして、教官とクラウスが門へ姿を現した。

 より正確に言えば、クラウスの背に教官をおぶった形で、二人はやってきた。


 街人たちは一瞬戸惑ったものの、教官が何事もなかったようにすっと降りたため、誰も口を挟まなかった。



 その姿には、少し変わった背景がある。


 笛の音が鳴ったとき、クラウスとケイラン、そして教官は全員広場にいた。

 教官は夜更けまで教会で休んでいたが、「いつまでも子供たちだけに任せておけまい」と、夜明け前には広場での対応に加わっていた。

 このとき、援軍が来た際の対応として、“貴族”であり“アイゼンハルト”であるクラウスと、責任者である教官が門に赴くと決めたのだ。


 ゆえに旗を見てすぐ、二人はケイランを残し、すぐに門へ向かおうとした。

 するとクラウスが言ったのだ。


「向かいましょう! 俺に乗ってください!」


 唐突とも言える申し出に、教官は「……あぁ」と短く返すのがやっとだった。

 それは、彼の提案が完全な善意であり、しかも合理的だったからに他ならない。


『怪我をした教官に無理をさせたくない』

『でも、早く行かなきゃ』

『俺が走るのが一番早い』


 そう語る純粋なライトグリーンの瞳に、教官は首を縦に振るしかなかった。


 ケイランは二人の背を見送りながら、一人呟いた。

「クラウスは、ああいうところがタチが悪いんだよな」


 馬よりも速く駆けていく彼らの姿が、冷えた朝の空気の中を、まっすぐ遠ざかっていった。




 彼らが門に到着してから、五分もしないうちに、即応部隊が街へと現れた。


「兄上!?」


「クラウス」


 先頭に立っていたのは、アイゼンハルト伯爵家の長男・クラディアンだった。


 クラウスは兄の姿に目を見張る。だがクラディアンは冷静だった。

 レオナルドからの救援依頼により、弟がこの街にいることをすでに把握していたのだ。


「渦の発生時点の情報は共有されている。現在の状況を簡潔に教えてくれ」


 クラディアンが尋ねる。


 クラウスたちの様子を見る限り、街に大きな被害は出ていないようだが、渦が馬で二十分ほどの距離にある以上、本来なら何が起きていてもおかしくない。


 クラウスは「それは、教官が」と、すぐ隣の人物へと視線を移した。


 現場の状況を知り、皆に指示を出したのは教官である。即応部隊には彼が説明すると、あらかじめ決めていた。

 クラディアンもそれを察し、敬礼する教官の方へと向き直る。


 アイゼンハルト伯爵家の長男――軍内でも別格の存在からの視線を受け、教官は、渦を前にしたときとはまた別種の緊張を覚えていた。


「クラウスたちの実地演習の現場監督をしているコルペン軍曹と申します! 渦の発生につきまして、経緯を報告いたします!」


 カチコチになりながらも、懸命に伝える。


「援軍要請の時点では、渦の大きさは馬二頭分、出現は牙獣種のみでしたが、昨日の夕方より変質が確認されております。現在、渦の大きさは馬四頭分、魔獣は複数種に増加。レオナルドが前線にて応戦中です。撤退信号も出ておらず、現状、街に直接的な脅威は確認されておりません。――こちらが、詳細をまとめた書類です」


 クラディアンは、報告書に目を通しながら「街の状態は?」と問う。


 教官が答えるのを聞きながら、クラウスは内心首を傾げた。

「前線にて応戦中」の説明に、アイザックの名が出なかった。戦っていないからだろうか。

 そう考える彼は、まだその死を知らない。


 教官の報告が終わると、クラディアンは書類から顔を上げた。


「ここには三名ほど残す。それと、このあと十名ほど追加で支援部隊が到着する。街については彼らの指示に従え。クラウス、お前は引き続き、街を守るように」


「はっ!」と敬礼する教官の横で、クラウスも「はい!」と真っ直ぐな声で応えた。兄への信頼を、その瞳に宿しながら。


 それを確認すると、クラディアンはすぐに馬に跨り、即座に街を出た。


 クラウスは慌てて街門を出ると、馬を駆る兄の背に向かって、大声で叫んだ。

「レオナルドとアイザックを、よろしくお願いします!」

次の更新は、明日の夜を予定しています。

タイトルは、「一通の要請」です。

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