22 クラウスの帰省 静かなる狙い
「クラウスの帰省」という体裁をとってまで、レオナルドがクラウディウスに挨拶をしたかった理由は、シュヴァリエ侯爵家次男としての「顔つなぎ」だけではない。
「軍人学校の生徒・レオナルド」が、「クラウス・アイゼンハルト」と行動を共にする以上、その立場を明確にする必要があったのだ。
クラウスという、“アイゼンハルトの血を引く最高の戦力”の隣にいることに、政治的な意図はないと示しておかなければならない。
万が一「シュヴァリエが武力を手中に収めようとしている」と誤解されたら、それだけで余計な火種になりかねない。
家格で言えば、シュヴァリエ『侯爵家』はアイゼンハルト『伯爵家』より上だ。
王国貴族として、揺るぎない地位を築いている。
しかし「アイゼンハルト」との敵対は、すなわち軍との対立を意味する。
それは、シュヴァリエ侯爵家にとっては余計なリスクであり、「家」のために生きるレオナルド・シュヴァリエにとっては避けるべき事柄だった。
故に、レオナルドはきっかけを探していた。
「挨拶をする」という行動には、それなりの意味と責任が伴う。アイゼンハルトは、軽々しく“訪問”などできる相手ではない。
今回の「クラウスが長期休暇にも実家に帰らなかったから、仕方なくついて行ってやる」という体裁は、レオナルドにとっては渡りに船だった。
――「アイゼンハルトとのコネ」以外の目的を、レオナルドはクラウスに伝えなかった。
「共にいることに危険が伴う」などと知らせ、バカみたいに真っ直ぐな瞳をわざわざ曇らせるような真似はしたくなかった。
レオナルドにとって、クラウディウスと会えるのが理想ではあった。
しかし、それが実現しなくても問題はないとも考えていた。
遊びに来るのは「出来損ないの三男坊」の“友人”。
貴族家の当主でもない、ただの“令息”だ。
仮に屋敷にいたところで、家長がわざわざ顔を出す必要はない。
しかし、クラウスの母――つまり、クラウディウスの妻であるマルグリットは、きっとクラウスを迎えに出てくるだろう。
レオナルドは、彼女を通じて「こちらの意図」を伝えられれば、それで十分だった。
一方で、事前にクラウスから「レオナルドを連れて帰る」と連絡させれば、クラウディウスは自分に会うだろうと読んでいた。
――レオナルドという存在を、見極めるために。
クラウスは「出来損ないの三男坊」であると同時に、「驚異的な武力を持つ化け物」だ。
そのクラウスと親しく、強い影響力を持つ自分が、どのような理由で彼の隣に立っているのか。
アイゼンハルト伯爵家にとって、そして王国軍にとって、害となる存在ではないか。
それを、自らの目で直接確かめに来るだろう。
そう、レオナルドは考えた。
まだ経験の浅い学生である自分と、伯爵家当主であり軍を率いるクラウディウス。
社交という戦場で勝ち目などない。
しかし、レオナルドの狙いは『勝つこと』――すなわち、優位を得ることではない。
ただ、誤解なく「伝える」ことができれば、それでいい。
だが――
思案に沈むレオナルドの表情を見て、クラウスはゾクリと背筋を震わせた。
それは、『本気』の力試しを望むときの顔だった。
魔獣を狩るときとも、日々の訓練のときとも違う。
そうした場面では、彼は常に冷静で、淡々と「正解」と「最善」を繰り広げる。
喧嘩のときとも違う。
ああしたときも手は抜かないが、“力”はあくまで意思を伝え合うための手段だ。
だが、今の彼の目は、違っていた。
クラウスに『本気』の手合わせを誘うとき――その強さを試すときと同じ、あの瞳だ。
貴公子然とした仮面を脱ぎ捨てた、獰猛な肉食獣のような笑み。
狩ることも、食らうこともためらわない、純然たる戦いの瞳。
ライトブルーの瞳が、静かに、そして、美しく燃えていた。
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