110 戦術合同演習 始まりの握手
オスヴァンはイヴァールより一つ歳下だ。
学生時代のイヴァールのことも知っている。
学年が違い、特に深く関わるタイミングはなかったが、それでも「面倒見のいい兄貴分」という認識があった。
顔が広く、皆に好かれ、周囲には人が集まる。
彼はよく、やいやいと賑やかな中心に居た。
自分とは遠い人だ。
そんなふうに、思っていた。
オスヴァンは、真面目だ。
“過ぎる”と言われるきらいもあった。
自身で、それが悪いとは思わない。
仮にその結果、軍人を辞めることになっていたとしても。
オスヴァンの異動先に、横暴で、尊大で、「民のため」を思い動かない上官がいた。
軍とは組織だ。
軍人学校を出ていない者もいる。
その中には現場で戦う者もいれば、文官としてそれを補佐する者たちもいる。
その上官は、彼らを蔑み、嘲り、いいように使った。
真面目“過ぎ”たオスヴァンは、そうした在り方を受け入れられなかった。
何度か意見した。
軍は縦社会だ。
上官にはっきりと物を申すことなどできない。
だから、進言という形で呈した。
しかしオスヴァンのそれが、その上官は気に食わなかった。
理不尽に、私的な制裁を受けた。
現場から戻ったところを呼び止められ、「軍服が汚れている。意識が足りない」と鳩尾を殴られた。
「お前の部下は敬礼が遅い」と顔を叩かれた。
危険な場所に何度も向かわされた。
少ない戦力しか預けられず、何度も剣を振らされた。
上官の命令だ。
オスヴァンはそれに応えた。それをこなした。
それがまた、上官に苛立ちを与えた。
そしてある日――ハメられた。
意図的に情報を伏せられ、危険な地域に向かわされた。
そしてその場で部下を庇い、怪我を負った。
治療のかいがあり、幸い傷は癒えた。
戦えないわけではない。だが、今まで通り働くのは難しい。
そんな怪我だった。
オスヴァンがそのような怪我を負ったことで、その上官の悪事は陽の下に晒された。
彼はきつい処分を受け、現在は厳しい監視の下、かつて蔑視してきた者たちと共に働かされていると聞いた。
当然ながら、悪い上官ばかりではなかった。良い上官も居た。
オスヴァンの怪我を知った元上司が、教官として働くのはどうかと口利きしてくれたのだ。
「お前みたいなやつを失くすのは、軍にとって損失だ」
そう言って、背中を叩いて送り出した。
オスヴァンから見ると、イヴァールは軍人学校に誘われて入った身だが、自分は無理を通してもらった身だ。
そして学年も一つ下である。
故に彼は、イヴァールに敬語で話しかけた。
「イヴァール教官、どうぞよろしくお願いします」
「あ? 確か一つ下の――オスヴァン、だよな。敬語なんて使わないでいいって。教官としては同期だろ」
「それはそうですが……」
意外だ。この人は、自分を知っているのか。
後輩だと知っていて、敬語を使うなと言われてしまった。
どうするべきだろうか。
真面目なオスヴァンが悩んでいると、イヴァールは「お前真面目だな」と笑った。
「――よく言われます」
悪いことだとは思わない。
だが、その台詞は悪い意図を持って言われることが多かった。
「同期がしっかりしてるヤツで助かるわ。俺はなんていうかこう……血の気が多いっていうかさぁ」
向けられた緩い笑みには、不似合いな言葉だ。
このときは、考えもしなかった。
まさかひと月も経たず、この言葉の意味をまざまざと思い知らされることになるとは。
「ま、自分のそういうとこ、嫌いじゃないんだけどな。変える気もねーし。ただ、お前とならバランスよくやれそうだ」
細められた瞳と、柔らかく持ち上がった唇。
その口から紡がれたのは、オスヴァンと同じ。
欠点かもしれないが、「変える気もなく」「嫌いじゃない」。
そこで覚えたのは、遠いと思った存在への親近感。
「とにかく。よろしくな、オスヴァン」
人好きのする笑みで、差し出された手。
握り返し、オスヴァンは言った。
「――よろしく、イヴァール」
次回のタイトルは、「教官室の前哨戦」です。




