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109 戦術合同演習 憂鬱の季節

 三月初旬に行われた長距離行軍訓練からひと月と少しが経ち、四月も半ばを迎えた頃。


「二学年もそろそろ、戦術合同演習の時期ですね」


 新任教官のそのひと言に、教官室の空気がピリリと張り詰めた。

 室内に走った緊張に、新任教官は目を瞬かせる。


「……あぁ、くそみたいな時期が来ちまった」


 イヴァールが吐き捨てるように言う。


「イヴァール、口が悪いぞ」


 たしなめながらも、オスヴァンも内心では同意していた。

 新任教官は「えっ? えっ?」とイヴァールとオスヴァンを交互に見る。


 ――戦術合同演習。

 それは、教師と教官が最もぶつかり合う授業だ。



 軍人学校には、二種類の教員がいる。

 座学や理論を教える“教師”。

 訓練や演習、生活指導を担う“教官”。

 立場も考え方も違う両者は、同じ学校にいても、深く関わることはほとんどない。


 教師は教務室へ。教官は教官室へ。

 互いの縄張りを行き来することはまずなく、それぞれの部屋で、それぞれの愚痴をこぼす。


「実戦で役に立たない理論を吹き込みやがって」

「経験に頼りすぎる。体系立てた教え方ができないものか」


「知識だなんだって、臨機応変に動けなきゃ意味ないだろ。頭でっかちばっか育てる気か」

「“根性があれば何とかなる”とでも思ってるのか? 知性がなければ人はまとめられない」


 もっと言えば――

 教官室では、こんな声さえ上がる。


「地図の上なら誰でも勝てるんだよ」

「魔獣が理論どおり動いてくれりゃ苦労しねえ」


 一方、教務室では、教師たちが静かにため息をついている。


「感覚で教えるのを“実践的”と言い張るのはやめてほしい」

「再現性のない戦術は、生徒を迷わせるだけだ」


 ……彼らも大人である。

 直接文句をぶつけるようなことは“ほぼ”ない。

 正面衝突は避けている。


 しかし、積もるものは積もるのだ。


 そして――年に数度、避けられない瞬間が訪れる。

 そのうちの一つが、戦術合同演習。

 班対班で行う本格的な模擬戦であり、"教師と教官が合同で評価する"授業である。


 オスヴァンは、こめかみを指で押さえた。

 今年も、あの季節がやってきてしまった。


「今回はオスヴァンが中心となって、教師との調整を行うこと」


 長距離行軍訓練では統括教官を務めていた学年教官長の声が、教官室に響く。


「はっ。……私が、ですか」


「この演習を担当する教官の中で、最も歴が長いのはお前とイヴァールだ。だが――」


 学年教官長の視線が、イヴァールに向けられた。


「イヴァールには任せられんだろう」


 学年教官長の言葉に、オスヴァンは眉間に皺を寄せて答えた。


「……否定はしません」


 それを聞いたイヴァールは、わざとらしく肩をすくめる。

「なんのことやら」という仕草だが、少し上げられた口角が「統括なんてやったら絶対揉める。面倒臭いしやりたくない」という意図を、ありありと示していた。



 イヴァールには、着任早々、教師といざこざを起こした過去がある。


 イヴァールとオスヴァンが軍人学校に教官として着任したのは、五年前の夏のことだ。


 もう、五年も前の出来事。

 にもかかわらず、オスヴァンはあの一件を、今でも鮮明に覚えている。


 ――着任から一週間後のこと。


 教務室と教官室のちょうど中間地点で、一人の教師がイヴァールに声をかけた。


 イヴァールは、緩く縛られた柔らかい金髪と、人が良さそうに垂れた瞳を備えている。

 鍛えられてはいるが"貴族"らしい――泥臭い教官というよりも、理知的な教師寄りの見た目だった。


 だから、教師は勘違いしたのだ。

 そして、彼に言った。


「あの中でやっていくのは大変だろう」


 親切心から。

 あんな肉体言語がメインの輩に合わせるのは大変だろうと。


 当時のイヴァールは、バチバチの前線思考であった。

 そして仲間思いでもある。

 つまり、ブチ切れた。

 なので言った。


「机としか向き合ってねえヤツに何が分かるんだ。くそ喰らえ」


 ちょうどこのとき、オスヴァンはその場に居合わせた。

 言伝があり、イヴァールを探していたのだ。

 あともう少しオスヴァンの到着が早ければ、あの教師もイヴァールに声をかけなかっただろう。


 イヴァールの発言に一瞬ポカンとしたその教師は、我に返ると彼に指を向けた。


「貴様、せっかく気にかけてやったのに……!」


「誰が気にかけてくれって頼んだぁ? 第一、あんたがシたのはただ俺たちを蔑んだだけだろうが」


 頭に血が上ったのか、教師は顔を真っ赤にした。オスヴァンから見て分かるほどにだ。

 しかしすぐに、表情を引き締めた。周囲の視線を意識したのだろう。

 何せ廊下での出来事である。揉めれば衆目を集める。


 血が上ったまま話すことはせずに、ただ嫌みたらしく彼は返した。


「ハァ……私は『大変だろう』と言っただけだ。どこが、“蔑んだ”と? まったく、これだからまともに言葉を扱えない者は」


 カッとなったイヴァールの口を塞いだのはオスヴァンだった。


「蔑む意図でなければ、何をどう『大変だ』と思ったのかは分かりませんが……ひとまず、ここはお互いおさめませんか?」


 オスヴァンの言葉は、目の前の教師だけでなく、騒ぎに駆けつけた教師たちへ向けられたものでもあった。


 先方が不承不承ながらも頷いたのを確認し、イヴァールの手を引いて教官室に向かう。

 扉を開け、イヴァールを中に突っ込み、一つだけ深くため息をついた。


 このとき、思った。

 何故イヴァールの学生時代を知る教師は、彼の性格をあの教師に伝えておかなかったのか。

 そして、大変な人と同期になってしまった、と。

次回のタイトルは、「始まりの握手」です。


遠距離行軍訓練編で登場人物が増えましたので、もしよろしければ、活動報告の「キャラクター紹介」をご活用ください。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2897432/blogkey/3557717/

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