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108 クラウス語入門 翻訳の第一人者

 何を言ってるのか分からないし、たぶん俺とは常識が違う。

 コックスがここまでで得た情報は、クラウスの善性と説明下手、杖が壊れるという謎現象だけだった。


 懸命に腕を曲げ伸ばししたり、〈氷刃〉を撃ったりするクラウスと、不明点を質問する勉強熱心なケイラン。


 コックスの心が折れそうになっていた、そのとき。


「おいバカ犬! 俺が言った復習はもう終わってるんだろうな?」


 ――訓練場の入り口から、神の声が聞こえた。


「レオ……」


「レオナルド! 会いたかった!」


 クラウスの声に被せるように、コックスは心からの声を上げた。


 出てしまった台詞のせいか、それともそこにこもる熱のせいか、レオナルドがちょっと引いているのが分かる。

 だけどコックスは、もうそれでも構わなかった。


 レオナルドに駆け寄り、クラウスに聞こえないように小さな声で、コックスは言った。


「クラウスに魔術を教えてくれって頼んだんだけど、何を言ってるのか分からないんだ……」


 レオナルドは、「なるほど」とコックスの反応を理解した。


 クラウスの表情を見るに、コックスはクラウスを否定するような言葉をかけなかったのだな。

 あいつには善意しかない、けれど何を言っているのか分からない。

 そんな状況で自分を待っていただろう青年を、レオナルドは少し憐れんだ。


 軽く肩を叩き、そのまま耳元に口を寄せる。

 小さく「任せろ」と囁いた。


 その声を追い、コックスはレオナルドの方を向く。

 美しい笑みを浮かべた口元。

 細められた瞳の、柔らかなライトブルー。


 ――コックスは落ちた。

 これまではクラウスと同様、レオナルドともそこまで親しくなかった。

 しかしこの瞬間、コックスはレオナルドにある種の忠誠を誓った。

 おそらくコックスの心が乙女であれば、恋に落ちていただろう。


 コックスがそんな感謝と尊敬の眼差しを向ける中、レオナルドはクラウスに視線を移した。


「クラウス、何をしてたんだ?」


 復習をするのを忘れてたことを叱られると思っていたクラウスは、疑問符を顔に浮かべた。


 ケイランも、「クラウスがまたやらかしたのだな」と考えていたので、レオナルドが優しいことに違和感を覚えた。


「復習の件はあとで話そう。それより、コックスに魔術を教えてたんだろ? なんでそんなことになって、どんなふうに教えてたんだ?」


 クラウスは単純な犬なので、すぐに疑問を忘れてレオナルドの質問に答えた。


 ケイランはそれを聞きながら、「レオナルドはコックスに気を遣ったのか」と納得した。

 そして、「クラウスはあとで叱られるんだろうな」とも思った。

 もちろん、口にはしない。


「……なるほど。つまりこういうことか? 『コックスは魔術を放つときに身体に力が入りすぎている。もっとリラックスした状態で撃った方がいい』と」


「そうだな」


 レオナルドの言葉に、クラウスが頷く。


 レオナルドは、クラウスとコックスの反応を確認したあと、さらに続ける。


「意識は手元ではなく、魔術を放つ先に。それだけで魔術を使うときの魔力のロスが減るから、疲れと魔力消費が変わる」


「おう」


 チラリと向けられたライトブルーに、コックスは「そういうことか」と感激した。

 これは、自分がどうすればいいか分かったからというよりも、この二時間の謎が解けたからである。


「えっと、つまり……どうすればいいかな」


 杖を持ち、意気揚々と魔術を放とうとして、結果具体的にどうすればいいかが分からなかった。


「そうだな……まず、そこで何度か軽く跳んでみろ」


 レオナルドは、身体の力を抜かせるために、あえて軽い運動をさせることにした。


 彼の台詞に、通常であればコックスは「どうしてだ?」と訊いただろう。

 しかしコックスにしてみると、現在レオナルドは神だ。

 なんなら「レオナルド様」と呼びたいくらいである。

 だから、その言葉にただ従う。


「次に、肩に思い切り力を入れて――そのまま脱力」


 言われた通りに動くと、身体から余分な力が抜けた気がした。


「視線を目標に向ける。身体を開いて半身になれ」


 これまで習ってきた魔術を撃つ体勢。

 今までで一番自然にできた気がする。


「視線はそのままで、杖を視線の先にやる。――放て」


「凍てつく水よ。我が意に応え、鋭き刃となれ。静を纏い、動を抱き、敵を断て――〈氷刃〉」


 “シュッと”魔術が出た。

 “スゥッと”魔力が流れた気もする。


「こういうことか!」


「あとはその感覚に慣れることだな。これは積み重ねだ」


 レオナルドの淡々とした言葉に、感謝を伝える。

 すると、嬉しそうな、けれどどこか落ち込んだようなクラウスが目に入った。


「クラウス?」


「できてよかった」


 コックスが呼ぶと、ハッとしたように、「よかった」と言うクラウスの顔には、どこか影がある。


「どうかしたのか?」


 心配になって訊くと、ものすごく答えづらい問が返ってきた。


「……もしかして、俺の説明は分かりづらかったか?」


 コックスは、うっと息を詰まらせる。

 大きな身体でしょげた子犬のような雰囲気を出すクラウスに、「何を言ってるかさっぱりだった」とは言えない。

 言えたならば、こんなことにはなってない。


「だろうな」


「レオナルド!」


 レオナルドの冷たい一言を諌めるように、ケイランが名を呼ぶ。

 しかしレオナルドは、それを意に介さない。


「いつも言ってるだろ。お前の説明は感覚的すぎるんだよ」


「……悪い」


 自分に向かって謝るクラウスに、コックスは横に首を振る。


「いや! こっちが悪い! クラウスは教えようとしてくれただけだし……それに、やってみたらなんとなく分かったよ」


 レオナルドに教わった力の抜き方と、“シュッと”と“スゥッと”。

 これで、「もっと」も「もしも」も減らせる気がする。


「だからまた……付き合ってくれると嬉しい」


 コックスがそう言って笑うと、クラウスも嬉しそうに「おう」と笑った。


 ケイランはそれを見て、「クラウスに絆されたんだなぁ」と苦笑した。


 そしてレオナルドは、「それには俺も付き合わされるのだろうか」と、小さくため息をついた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます!

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次回からは戦術合同演習編。

タイトルは、「憂鬱の季節」です。

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― 新着の感想 ―
さすがレオナルド! 神ですね。 そしてクラウスの言っていた「シュッと」と「スゥッと」の違いがようやく私にもわかってほっこりです ……と思っていたら、最後の方で「もしも」というワードが出て未来の予感に引…
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