105 クラウス語入門 グゥッとスゥッの違い
コックスは今、困っていた。
今日の授業は午前で終わり、午後は各自自主訓練だった。
レオナルドは『貴族学院にレポートを提出してくる』と校外へ向かい、クラウスは一人、ふらふらと校内を歩いていた。
訓練場が空いていれば身体を動かそうか。
それとも気ままに走り回ろうか。
その強面と巨体さえなければ、のんびりと散歩する大型犬のようである。
なお、レオナルドに「今日の授業は大事なところだから、しっかり復習しておけよ」と言われたことは、すっかり頭から抜け落ちていた。
コックスは、そんなクラウスを見つけると声をかけた。
「魔術の訓練に付き合ってほしい」と。
クラウスは一も二もなく「おう」と頷いた。
彼らは、長距離行軍訓練のときに、「今度、魔術の訓練に付き合う」と約束していた。
その約束を果たすため、二人並んで訓練場へ向かったのだ。
――そして今。
クラウスの助言を受けたコックスは、非常に困惑していた。
クラウスが何を言っているのか、まるで分からないからだ。
「あの訓練のとき、俺の魔術をどう思った?」
コックスも、自分の訊き方がざっくりしていたとは思う。
だが、この返答は想定外だった。
「コックスは“グゥッ”って魔術を使うなって思った。それもいいけど、もっと“スゥッ”としてもいいんじゃないかって」
「……ん?」
「こう、スゥッとだな」
クラウスは腕を曲げ、ゆっくりと打撃するように真っ直ぐ伸ばしてみせた。
その動きには、たしかに“スゥッ”という音がよく似合う。
「クラウス、悪い。どういうことだ?」
しかし、魔術を教わる身としては、“グゥッ”も“スゥッ”も何を表しているのか、まるで見当も付かない。
「あぁ。えっとだな、コックスは魔術を使うとき、こうやってグゥッとなってた」
クラウスは腕を折りたたみ拳を握りしめ、力を込めながらゆっくりと突き出した。
「でも、もっとスゥッとした方が疲れないんじゃないかって。それに、その方がシュッとする」
……自分はいま、打撃の助言を受けているのだろうか。
クラウスの動きは魔術というより、武術の指導にしか見えなかった。
そういえば――と、コックスは思う。
以前グループ課題で一緒になったときも、クラウスはこんな調子だったかもしれない。
「そこはもっとぐるっとしていいと思う」
「俺はズンズン行った方がいいと思う」
そんな発言を、いつもレオナルドが深掘りして具体化していた。
クラウスは、説明が下手なのだろうか――そう気付いたものの、厚意のこもった真っ直ぐな瞳に、「何言ってるか分からん」とは言えなかった。
クラウスは何度も、コックスに伝えようと腕を折り伸ばしして見せているのだ。
――なおレオナルドがコックスの立場であれば、「分かるように話せ」と舌打ちしていた。
レオナルドは付き合いの長さで慣れただけで、今でもたまに、全く分からないことがある。
理解できても、擬音語や擬態語の選び方、表現の癖には、毎度首をひねっている。
そしてそのたびに、「これだから感覚派の天才は」と、才能の理不尽さに苛立つのだ。
クラウスの才能に惹かれながら、才能に苛立つ。
その二つを併せ持つレオナルドは、実に面倒な男だった。
登場人物も増えてきましたので、ここまでの内容に基づいた一覧を活動報告にアップしました。
もしよろしければ、ご活用ください。
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次回のタイトルは、「逃げられない善意」です。




