104 長距離行軍訓練 後日談
実習が終われば、レポートを提出せねばならない。
施設から学校に戻った翌日は、休息日として学生に与えられた。
この日クラウスは、寮室で机に向かいうんうんと唸っていた。
「うーん……」
クラウスはレポートが嫌いだ。
文字の読み書きが不得手であるうえに、物事を言葉でまとめることそのものが苦手だった。
書いた文字だけでなく、頭の中までぐるぐるしてきた、そんなとき。
ガチャリ。
レオナルドが、部屋に帰ってきた。
「レオナルド」
彼は今朝のうちにレポートなど書き終えており、あとは提出するだけである。
『久しぶりに貴族学院に顔を出してくる』
昼過ぎにそう言って出かけたレオナルドが帰ってくるということは――
「もうそんな時間か」
もうすぐ夕食の時間だ。
今日はずっと机に向かっていたのに、何も進んでいない。
なんなら、ほとんどの学友が寝込んでいた昨日――施設からの帰還日も、クラウスはレポートを書こうとしていた。
レオナルドさえ、寝るのと食事とストレッチくらいしかしなかったので、クラウスは暇だったのである。
そのため丸二日間レポートに向かっていたが、一向に進んでいない。
クラウスはしょぼんとした。
「読めない」「書けない」「できない」
その繰り返しが、クラウスにとってレポートを「苦手」から「嫌い」に変えていった。
怖い、とすら思う。
うぅ……としょんぼりするクラウスを見て、レオナルドはため息をついた。
「まだ書けてないのか。――俺は違う班だから手伝ってやれないぞ」
この一言から分かる通り、クラウスがここまでの学校生活でなんとかレポートを提出してこられたのは、レオナルドの手伝いがあったからだ。
レオナルドは、クラウスが「読めない」のではなく、「机に向かって集中できない」「語彙が足りない」「言葉の整理が苦手」なのだと理解していた。
これまでそう踏まえてレポートを手伝い、勉強も教えてきた。
彼の中には、“識字困難”という概念が存在しない。
そのうえ、自身の教える能力の高さと、クラウスの自由な発想への信頼が重なって、レオナルドはクラウスの本質的な苦しみに気付くことができていなかった。
「分かってる……」
どんなことが起こって、どんな経験を得たか。
班が違えば、いや、視点が違えばそれぞれが異なる。
クラウスはレポートをレオナルドに手伝ってもらうことはできない。
そもそも、クラウスは怠け者ではない。
うっかり忘れてしまうことはある。
逃げ出したくなることもある。――もしかすると、レオナルドがいなければ逃げ出していたかもしれない。
けれど、レオナルドに頼りきりになるのは違うと考えている。
ただいつも、結果としてレオナルドの手助けが入るだけだ。
だから今回も、クラウスは一人で頭を抱えてうんうん唸った。
何を書けばいいかも、どう書けばいいかも分からない。
いままで提出したレポートのことを思い出してみるが、人間というのは、苦手なものの記憶は曖昧なものである。
『お前の場合は、ある程度雛形を作っておいて、埋めていくイメージがいいかもな』
レオナルドが過去にそう言って教えてくれたから、形はイメージできていた。
だけどそれを埋めていく文章が、どうしても出てこない。
そんなクラウスの様子に、レオナルドは「仕方ないな」と瞳を細めた。
「訓練で何があったか話してみろ。一日目からだ。話しながら整理すればいい」
傍から見れば、その対応は十分に“手伝っている”が、レオナルドとしてはただ話を聞いてやるだけだ。
クラウスに非常に甘いという自覚は、ない。
「助かる」
クラウスの、心の底からの『助かった』の表情に、レオナルドは『仕方ないやつだな』と笑った。
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次回のタイトルは、「クラウス語入門 グゥッとスゥッの違い」です。




