102 長距離行軍訓練 帰還
陽はとうに傾き、青と橙で空が染まる頃、教官と学生たちは訓練施設に戻ることができた。
学生たちは、皆疲弊し切っていた。
――ごく一部を除いて。
あの後、教官と学生総動員でトラグバインを解体し、施設まで運んだ。
有効な素材となるという点もあるが、それ以上に、山の生態系の外の魔獣を、死骸とはいえそこに残すことはできなかったのだ。
数頭の馬を連れてきたところで、トラグバインの巨体を全て運ぶことなどできない。
では、どのように運ぶか。
――人力である。
彼らは、担いだ。引きずった。押した。
ロープを使った。遅滞行動時に折れた木を使った。
使えるものは全て使った。
素材の分別時に、すでに息が上がっていた者もいる。
引きずるときに、ロープで手のひらの豆を潰した者もいる。
長距離行軍訓練自体で、すでに彼らは疲れ切っていた。
そこに巨大魔獣の解体と運搬という意図せぬ重労働が入り込んだのだ。
その疲れはひとしおである。
レオナルドは「使えない素材は焼き尽くして、その他は凍らせた地面を滑らせた方が早いのではないか」と思った。
しかし、口には出さなかった。
それを行えるのは、自分とクラウスだけだからだ。
他の者では、これだけの巨体にその処理を施すほどの火力が出せない。
火力と技術、その両面で無駄に力の差を見せつけることになる。
それは避けたい。
それに、こんな機会はなかなかない。
学生たちのいい経験になるだろう。
もしかすると、自分の発想にない素材の使い道を知ることもできるかもしれない。
そのような理由から、ヒィヒィ言っている学友たちを横目に、レオナルドは黙っていた。
学生たちはそれぞれ、教官たちに指示された役割を果たした。
教官たちも鬼ではない。
魔力を過度に消耗していた者や負傷した者、特にコンラッド班の者は、軽い作業に回された。
しかし、クラウスとレオナルドは人一倍、どころか二倍三倍の負荷をかけられた。
にもかかわらず、二人からは疲弊した様子が見られない。
解体の都合上、土や血液が服を汚しはしている。
しかし、息一つ乱していない。
レオナルドに至っては、汗をかいているかさえ不明である。
施設に戻ったとき、二人を見た全員が同じ疑問を抱いた。
『何故疲れていないのか』
しかし誰も口にしない。
皆、二学年の初めの長距離行軍訓練のことを覚えていた。
『軍人学校の生徒ともあろう者が、この程度で膝をつくのか?』
あのときのように、レオナルドに煽られるのが分かりきっていたのだ。
「さすがに疲れたな」
レオナルドが「ふぅ」と息を吐きながら呟いた。
「嘘つけ」
即座に反応したのは、サントスだった。
嫌なものを見るかのような表情で、言い放った。
それに対し、他の班の面々は驚いた視線を向けた。
サントスはこんなツッコミを入れる男だっただろうか、と。
「疲れるに決まってるだろ? 四泊五日の訓練の後に、大荷物を運ぶだなんて」
「疲れてるやつはそんな涼しい顔しないんだよ」
サントスの苦虫を噛み潰したかのような顔。
感情を隠さずツッコミを入れるサントスと、白々しく返答をしたレオナルド。
その様子を見て、クラウスは「二人は仲良くなったのだな」と思った。
クラウスは素直なので、思ったことをそのまま口に出した。
「仲良くなったんだな」
レオナルドを見ると、「あぁ」と柔らかな笑みで返された。
どこか、楽し気でもある。
「なってない」
瞬時にサントスが異議を唱えた。
クラウスは目をぱちくりとさせて、レオナルドに訊いた。
「なってないのか?」
「仲良くなったよ。同じ肉を分け合った仲だ」
四日目からは、レオナルドも戦闘に参加している。
そのためそこからは、肉に限らず班員と同じ物を食べた。
「それは全員がそうだよ」
ため息混じりのサントスの言葉に、クラウスはしゅんとする。
「……俺はみんなと分け合ってない」
四泊五日、班員たちと一緒にいながら、一緒に食事をすることはなかった。
共に戦うこともなく、ただ見守ることしかできなかった。
悲しそうなクラウスを見て、サントスは「そうか」と思った。
レオナルドと似たような課題を出されたクラウスは、レオナルドと同じように班員の食事に混ざらなかったのか、と。
サントスが少し気まずさを感じていると、レオナルドが口を開く。
「残念だったな」
まるで他人事のような言い方。
サントスは「もう少し励ますとかできないのか?」と再びツッコミを入れた。
そんな様子を見て他の学生たちは、「なんでサントスもあんなに元気なんだ……」と疑問を感じていた。
サントスはレオナルドやクラウスほど秀でてはいない。
でも、物事を効率よく切り抜ける器用さと能力の高さがある。
手を抜けるところは手を抜く。
この四泊五日で仲間と親しくなり、自ら班に口を出すようになっても、その点は変わらなかった。
次回のタイトルは、「眠りに落ちて」です。




