しつこい出雲
「...ふぅ、ただいま。」
渡は誰もいないアパートの扉を開けてそう呟いた。キッチンと自室しかない、狭いアパートである。
「...今日は疲れた。」
渡は制服をハンガーに掛け、薄汚れたベッドに腰をかけた。
渡の両親はもうこの世にはいない。渡が幼い頃に交通事故で亡くなった。それからは祖父母が面倒を見てくれていたが、祖父母も寿命で亡くなった。祖父母や両親の遺産は他の親戚との関わりもなかったため、全て渡のものとなった。しかし、高校へ通うのはかなり出費が多いので、家賃の安いボロアパートで暮らしている。
「...飯、何にしようか。」
冷蔵庫を開けると、あるのはもやし一袋、キャベツが八分の一、中華だしの素、醤油、豚バラ肉出会った。
「.........」
渡は黙って醤油以外のものを全て取りだした。まな板を用意し、キャベツを適当な大きさに切っていく。同時にフライパンを温めた。豚バラ肉も適当な大きさに切り分けた。続いてもやしをフライパンに入れ、中華だしの素を加える。その後キャベツと豚バラ肉を入れた。
渡は決して料理ができるという訳では無い。ただ思うがままに作るのみであった。実際、大体の料理が失敗で終わる。味噌汁ですらただの海水のような味になってしまうのである。
「...できた。」
渡は火を止め、そばに置いてあるさらへと盛った。そして、椅子を自室から持ってきてキッチンで食べた。
「...美味いな。今日は調子が良かったか。」
思いのほか上手くいったことで渡は少し気分が良くなった。しかし、量が少ないため、渡はまだまだ空腹であった。
その時ドアをノックする音が聞こえた。時刻は十八時。この時間に尋ねてくる人はあまりいないだろう。渡は警戒しながら扉を開けた。
「よっ!!兄ちゃん、また会ったな!!」
その声と顔を見た瞬間、渡は扉を勢いよく締め、鍵をかけた。先程別れた出雲である。
「あっ!!ちょ、ちょっと待ってーな!俺はただただ話に来ただけで...あ、そうだ、飯いかんか?もちろん俺の奢りで!!」
「...奢り?」
渡は迷った。奢りという言葉は凄まじいもので、扉の鍵を開けそうになってしまった。かと言って開けたら開けたで厄介事に巻き込まれる気がしてならない。
渡は考えた末、扉を開けることにした。出雲は扉の前でしゃがんでうずくまっていた。
「...うう、やっと逸材見つけたのに...上の人にも言っちゃったのに...もう俺は終わりや...」
「...あの、俺中華の気分なんですけど。」
「...ん?」
その一言を聞いた瞬間、出雲の表情が明るくなり、急に飛び上がった。そして、強引に渡の肩を組んで歩き出した。
「...中華か!!よしよし!!いい店知ってるからそこにするか!!何が好き?ラーメン?餃子?チャーハン?麻婆豆腐?」
「ちょっ...鍵、鍵閉めないと!!」
◇◇◇
それから、渡と出雲は中華料理店へと入った。渡はラーメンを三つも注文し、勢い良くすすっている。出雲はその光景に少し驚きながら、一番安いチャーハンを口に運んだ。
「...すごいな、君。渡君...だっけ?」
「はい。そうですけど。」
「早速本題なんやけど、君、夢師に...」
「お断りします。」
渡は即答した。出雲はこの返答を予想していたかのように不気味な笑みを浮かべ、封筒を差し出した。
「...なんですか、これ。」
「開けてみ?」
渡が中身を確認すると、そこにはお札が大量に入っている。渡はあわてて封筒を出雲へと返した。
「な、なんですか、これ。」
「契約金や。」
「契約?」
渡が聞き返すと出雲は頷き、懐から一枚の紙を取り出した。そこには細々とした内容がずらりと書いてあった。
「まぁ簡単にまとめると、君は俺の弟子になる。これは契約金や。もちろん学校生活や日常は関与しない。休日に少し修行してもらうけどな。」
「...嫌です。」
「だーかーら、嫌でもなんでも君には才能があるんや。正直に言う。君は最強の夢師になれる!!異世界転生主人公並みに!!」
「異世界...転生...?なんですか、それ。」
「あれ...今の中高生ってこういうのが好きなんじゃないの?」
出雲は自身の作戦が通用しなかったため、一気に表情が暗くなってしまった。
「...なぁ、渡君。世の中にはな、現実逃避したい人間が山ほどおる。最近は特にな。」
「...?」
唐突に始まった話に、渡は困惑した。出雲はコップに水を注ぎながら続ける。
「最初は休憩のつもりやったかもしれん。でもな、どんどんどんどんのめり込んでいくと...ほら。」
出雲のコップから水が溢れ出した。渡は真顔でその光景を見続けている。
「だから...さ、その...なんというか...さ、ね?」
「...は?」
「...ごめん、この先の話、思いつかなかったわ。」