山本光星
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッッッッッ!!!!!」
光星から出てきた黒い触手は出雲を目掛けて直進してきた。そして、触手が次々に枝分かれし、どんどん増えていく。出雲はそれらの触手を斬っていく。
「フゥ……少し疲れるな。」
出雲はまた手から虹色の何かを出現させると、今度は弓矢の形に変えた。出雲は弓矢で光星にまとわりつく黒い何かを射った。黒い何かは激しく絶叫した。
「おっ、効果はあるか……なら……」
出雲は次に大量のクナイを作り、光星に目掛けて発射させた。不思議なことに、自らが投げなくても勝手に飛んでいき、自動で光星に向かって進んでいく。
「アガッ……アがァ……グルじイ……ダズゲて」
「おう、ちょっと待ってな……!!」
出雲は最後に大きな杭を複数作り、黒い何かの四箇所に打ち込んだ。黒い何かは地面にしっかりと固定され、逃げようとしている。そして出雲は虹色の縄を作り、光星にだけ巻き付け、勢いよく引っ張った。
「せーのっ!!」
すると、光星だけが黒い何かから引き剥がされ、黒い何かは杭に拘束されたままでじたばたしている。
「うう……なんでだよ……」
「光星君、君は誤解してるよ。ほら、思い出してごらん。」
出雲はゆっくりと光星に近づき、指先で軽くおでこをつついた。すると、光星の脳裏にある記憶が駆け巡った。
その記憶は、忘れかけていた過去の記憶だった。母が作るボルシチがとても美味しかった記憶だ。そう、光星の母は光星のことを大切に思っていた。なかなか時間がなかったが、光星のことを思わなかったことは一度もなかった。生活は苦しかったが、それでも我が子のために懸命に働いたのだ。光星は自身の負の感情で、この記憶を塗りつぶしてしまっていた。
「……そうか。俺は、愛されてたんだ。」
光星は自然と泣いていた。出雲は優しく光星に語り続ける。
「そう。お母さんは君のことを思い続けている。もう一度、よく話し合ってみたらどうかな。」
「……うん。うん。」
光星涙を拭いながら必死に頷いた。渡はその光景を呆然と見ているだけであった。
すると、光星が頷いたと同時に黒い何かははじけ飛んでしまった。辺りには黒い煙のようなものが残ったが、少し経つと跡形もなく消えてしまった。
「……すごい。」
渡はこの一言しか言えなかった。自分が見た事のない世界が目の前に拡がっている。そして、自分の友人が目の前の男に救われたのだ。渡は心の底から安堵した。
すると、出雲が手を上にかざした。空から虹色の光が降りてきて、渡と光星を包み込んだ。
◇◇◇
「……ん」
光星は長い夢から覚めた。少し気怠いような感じがした。同時に、出雲と渡も目を覚ました。
「……出雲さん」
「……早くお母さんのこと、安心させてあげな。」
光星よろめきながら下の階へと降りていった。下からは二人の声が響いてくる。とても安心したような声だ。
「……メザメ、完了。」
出雲がそう呟いた。出雲はなんだか、達成感のあるような表情をしている。
◇◇◇
それから少し経ち、辺りがオレンジ色に染った頃、出雲と渡は光星の家を後にした。光星は少し落ち着いたらまた学校へ来るそうだ。帰り際、出雲が光星の母から何やら怪しい封筒を受け取っていたことが気になるが...
「それ、なんなんです?」
「ん?あぁ、今回の報酬。俺らはこれで食ってるからな。」
渡は気がつくと、出雲と普通に話せるようになっていた。渡は今日、信じられないようなことを幾つも目にして少し疲れてしまった。多分そのせいで警戒心が緩んでいるのだろう。渡と出雲の影が細長く伸び、ゆらゆらと動いている。先程の黒い何かを思い出して、渡は少し怖くなった。
「なぁ、兄ちゃん。真剣な相談があるんやけど良いか?」
「...なんです?」
渡がそう言うと、出雲は途端に目を輝かせて言った。
「兄ちゃん、夢師目指す気は無いか!?」
「はっ!?」
渡は驚いて足を止めた。出雲は渡の方を両手で力強くつかみ、続ける。渡は逃げようとするが、出雲は意外と力が強かった。
「兄ちゃんには素質がある!代々夢師の家系でも夢の中で自我を保つことは難しい。ましてや、他人の夢の中に入るなんて以ての外や!!俺が面倒を見てやるから、夢師になってーな!!」
「い...いやいや!!無理無理無理!!というか近い!!エセ関西弁!!というかそれエセ関西弁かどうかも怪しいだろ!!」
「俺の話し方がおかしいことはどうでも良いんや!!一回真剣に考えて見てくれ!!」
...渡はこの日、どうにか出雲から逃げ切ることが出来たが、名刺を渡されたり、家を特定されたりしてしまった。これから先、渡は出雲や夢師たちと深く関わることになるのは、まだ知りもしなかったのである。