夢師とは
「夢……師?」
渡は聞いたことの無い職業に困惑した。それ以前にこの場所についても困惑している。出雲はゆっくりと石段に腰を下ろして続ける。
「ここは山本光星の夢の中や。」
「光星の夢の中……?」
「そう。俺たち夢師は夢を操ることに長けてる。夢を見せることや夢から覚ますことが仕事。今回は後者だな。アイツは今、何らかの原因で夢に囚われてる。」
「囚われる……?え?は?」
渡は状況がよく分からず、さらに困惑した。出雲は大きくため息をつくと、座っている石段から腰を上げた。
「俺はこれからアイツを起こしに行く。基本的に他人の夢に入ったら自力では出られん。仕方がないから兄ちゃん、付いてこい。名前は?」
「あ、夢橋渡です。」
「夢橋ぃ?あー……どっかで聞いたような……まぁええわ。」
「あの……さっき言ってた【橋】って……?」
渡は橋について尋ねた。出雲は空を指さして答える。そこには虹色の壁がうっすらと見え、ゆらゆらと揺れている。なんとも神秘的な光景である。
「本来なら、普通の人間が他人の夢に入ることは出来ん。あそこに壁があるからな。でも、稀に他人の夢に入ることが出来る人間がおる。そういう人間を俺たちは【橋】って呼んでる。夢と夢を行き来できるという意味でな。ほれ、行くぞ。」
出雲は説明を終えると、石段を上がっていく。渡は困惑しながらも、そのあとをついて行った。
石段を上がっていくと、空には光星が浮かび上がってきた。ひとつではなく沢山である。それも、色々な場面である。幼少期であったり、中学生のときであったり、最近の出来事もあった。つまり、これは光星の記憶である。
「へぇ。よっぽど寂しかったようだな。誰かに自分のことを知って欲しかったんやろ。」
その記憶の内容は可哀想なものばかりであった。幼少の頃に光星の夫婦は離婚し、母との二人暮しが始まった。母子家庭が故に経済的にも苦しく、友達からも馬鹿にされてしまっていた。そして、母は仕事で忙しく、光星と会話をする暇さえなかった。
「……光星…」
「……多分、これが原因やな。何もかもが嫌になって、夢に逃げ込むようになってしまったんやろ。」
「アイツも悩みを抱えてたんですね……」
石段を上り終えると、広々とした空間に出た。円形状の巨大な空島だ。まるで、コロシアムのような場所であった。
「ん……いたわ。あそこか。」
出雲が指を指して言った。その場所にいたのは光星であった。光星は空に映る自身の記憶をぼんやりと眺めている様子であった。
「光星!?」
思わず、渡は叫んだ。光星は渡の声に気づき、二人の方を振り向いた。
「あぁ……渡君。久しぶりだね。」
「光星……お前、何してんだよ。お母さん心配してたぞ!」
「……嘘だね。そんなはずがない。俺を現実に戻そうったって無駄さ。」
渡と光星の口論がヒートアップしそうなところで、出雲が間に入った。
「光星君。俺は出雲隼人。君を連れ戻しに来た。君の気持ちはよくわかる。でも、君は一つ誤解してるんだ。とにかく話を……」
「……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」
光星の様子は次第におかしくなっていく。そして、体から黒い液体のようなものが勢いよく飛び出し、光星の体を包み込み始めたのだ。
「……アカン。これはもう引き剥がせんな。」
「光……星……?」
次の瞬間、黒い液体が触手のように伸び、渡に迫る。出雲が素早く反応し、渡を引っ張った。
「うわぁ!?」
「ここからは俺の仕事や。兄ちゃんは離れてな!!」
出雲はそう言うと、渡を遠くまで投げ飛ばした。通常であれば、信じられないほどの怪力だ。渡はそのまま空中を彷徨い、空島の一つに墜落した。
「痛ッ……くない?」
不思議と、着地した反動が来なかった。痛覚がなくなってしまったかのようである。
出雲は渡の安全を目視で確認した後、特殊な動きをした。すると、手から虹色の三角形や四角形や円が現れ、刀のような形になった。
「さーて、光星君!ちょっと落ち着いてもらうよ!!」