俺の推しは英雄ではありません!
「ほら。これは君のだよ」
「で、でも、これはお兄ちゃんのだろ?」
ガチャンと音がして、短剣がラビールの手から落ちた。
「え?」
ラビールが、固まったまま動かなくなった。が、それは一瞬で、ラビールは取り囲んでいた人たちに掴みかかるような勢いで言った。
「……。今の聞いた?エバエルが、ぼ、僕のこと”お兄ちゃん”って言った!聞いてたよね!?」
「げっ」
やらかした。物語では弟が主人公のことを呼ぶシーンがないから、勝手に言っちまった。
「ねぇエバエル。もう1回言って?お願い」
英雄は短剣のことなんてそっちのけで、手を合わせてくる。しかも、両親(物語の挿絵で、英雄の両親として紹介された人たちにそっくりな男女)までもがやってきた。
「あっ、父さん!聞いてよ。エバエルが僕のこと”お兄ちゃん”って言ったんだよ!」
幼少期から暴力を振るわれていたにも関わらず普通に接しているのは、あくまでもハッピーエンドで終わった物語だからしょうがない。普通だったら、縁はきるだろう。まあ俺は、今すぐにでも縁を切りたいが。
「エバエルー?大丈夫?家に帰る?」
なんてことを考えていると、ラビールが心配そうに見つめていた。
「大丈夫だから。それより、………ラビ」
「お兄ちゃんって言いなさい」
「…お、お兄ちゃんはいいの?お兄ちゃんたちの会なのに」
「僕はいいの。それより、僕と一緒に家に帰ろう」
「え?う、うん。…って、うわぁぁ」
ラビールが俺の体を持ち上げて、肩に背負った。
「ほら掴まって」
言われるがままラビールの頭に掴まると、ラビールは勢いよく走り出した。
人や家をよけながら、町を抜ける。
ラビールは大きな森が見えてきた所で、俺を降ろした。その森は、ラビールが謎の老婆と出会ったところだ。言わば聖地。
だが、俺は主人公推しではない。なんなら、少し嫌ってる。旅に出るときに弟にすら何も言わなかったところでもあるが、一番嫌いな部分は俺の最推しを泣かせたことだ。俺の最推しはラビールと旅にでた仲間のうちの一人、回復担当のサリューサという女キャラクターだ。誰がどう見ても美少女のサリューサはラビールに恋心を寄せていたが、ラビールは思いっきり振り泣かすのだ。しかも、最後の戦いの前でラビールを庇って死んでしまうのだ。なので、ラビールのことは恨んでいる。美少女を泣かせた罪は重い。
なんてことを今更思い出したので、次からはお兄ちゃんって呼ばないでおこう。兄貴とでも呼んでやろうか、なんてことを考えていると家に着いた。
これより先の話が思いつかなかったので、投稿しちゃいました!