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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

猫と飼い犬の玉遊び

作者: 下田尚志

高橋は、山の頂上にある広場に向かう。そこには都市伝説となっている「待人さん」がいた。高橋は彼と会話をしていくがうまくいかず……。

 日本のある山。以前から人が出入りし、多くの人が整地していった山。そこは今じゃ危ない所がほとんどないくらいに柵が立ち、危ない野獣は殺され、人のためだけの山になっていた。

 だが今、この山に訪れるものはそうそういない。自然が多く壊され、わざわざ入って楽しむことも無くなってしまったのだ。

 山の頂上には広場がある。雑草しか生えていない中に人三人が座れる程度の大きさのベンチ。それだけ。そして、そこに待人(まちひと)さんがいる。


 高橋はこの山を訪れていた。息も切れることなく、ただひたすら登っていき、すぐに頂上まで辿り着いた。標高は高いが山自体は大きくなく、二時間に一本だけだが麓までバスも通っている。かなり優しい。登山した気分にもなれないだろう。

 頂上に着くと、鼻と口を押さえて息を溜める。耳からつまりながら空気が擦れ、やっとクリアに音が聞こえる。聞こえる音は葉擦れの音だけだった。目の前にいる待人さんも、何も声を発さなかった。

 待人さんはじっとこちらを見ている。距離はそこまでない。とても興味心身に高橋をジロジロ見ているが、話しかけることは全然しなかった。

 あちらから声をかけられると思って棒立ちしていたが、ついに痺れを切らして動き出した。早歩きで進み、三秒ほど向き合ったあと、待人さんの横を陣取った。

「初めまして」

 高橋は空を見ながら挨拶をする。

「初めまして」

 待人さんもすぐに返事を返す。しかし、そこで会話が止まった。会話のキャッチボールはあくまで高橋から始めなくてはいけないらしい。待人さんはボールを持っていない。

「あなたはどうしてここにいるんですか?」

 待人さん。この辺りで小さく広まっている都市伝説。山の広場で誰かを待ち続けるようにベンチに座っている。目的はわからない。もしそこに人が現れたらジロジロとこちらを見てくる。ただ、何もしてこない。立ち上がることもない。そんな存在。

「猫を待っているんだ」

 質問をすれば、ちゃんと答えてくれた。ただ、意味は理解できなかった。ここは自然を壊しに壊した山。野良猫もこんな所に現れるとはあまり思えない。

「それは何かの例えですか?」

「そうだよ。直接的に言ったらつまらない」

「何の例えですか?」

「秘密」

 そこからまたボールが落ちた。高橋は拾うことをうまくできず、またあたふたする。そして、ふと思いついた方法で新たなボールを飛ばした。

「あなたから僕に質問してもらえますか?」

「では、君はどうしてここに?」

 ついに待人さんからボールを返してもらうことに成功した。高橋はまた少し考えた後に言葉を返す。

「飼い犬たちから逃げてきました」

「そうか。飼い犬からね」

 質問をしなかったが、返してくれた。別に、質問をしないと会話をしてくれないわけではないらしい。

「猫に会えたら、何がしたいんですか?」

 待人さんは顎を触りながら考える。また、何か遠回しな言い方をしようと考えているのだろう。

「猫に会えたら、できることなら抱きしめたいな」

 そこまで、わかりにくい言い回しではなかった。だが、その分高橋はまた返し方を見失ってしまう。

「ただ、もし会えても、抱きしめることはできないだろうね。僕は、猫に好かれるような人間じゃない。僕の世界に猫が入れても、猫の世界に僕は入れない。入る術を知らない」

 彼の声色が変わり、気になってついに顔を覗く。先ほどジロジロ見てきたときとは違い、笑みが無くなっている。高橋は、少しだけ喜んだ。

「猫に会いに行こうとしないんですか?」

「猫は近づくと逃げるだろ?」

 高橋は何となく気づいた。彼は飼い犬だと。自分が嫌で逃げてきた存在。群れているとあんなにうるさく吠えるのに、一匹だとこんなにも弱い存在なんだと思った。きっと彼は、餌を用意され指示を貰わないと、何も食べられない。

「それでいくと、僕は猫かもしれません」

 待人さんは高橋の顔を覗き込んだ。高橋は笑っていた。少し嫌味ったらしい顔をしていた。

「僕は、多分猫です。あなたが待ち望んでいた猫です。どうですか? 嬉しいですか?」

 口角がさらに上がっていき、息を漏らしながら待人さんに話しかける。きっとかなり興奮している。猫は飼い犬たちが怖かった。気持ち悪かった。否定したくて、それでもその声が届かぬほどに、鳴き声がうるさかった。でも、今は違う。一匹だけになり、猫の爪が届くとわかった飼い犬はどこまでも小さかった。

「違う、違う違う! 君は猫じゃない!」

 犬は慌てふためく。猫はさらに笑った。息だけじゃない。もう声も荒げながら笑った。

「いや、猫だよ! もし待ち望んでいるものと違うのなら、あんたの待っていたのは猫じゃなかったってわけだ!」

 猫は楽しかった。人生で一番楽しかった。ボールを一方的にぶつけ続けることができるのが。飼い犬たちはいつも一方的にボールを投げてきた。ボールを誰かにぶつけたら、その何十倍の量で返してきた。今は違う。

「あんたが待っていたのは猫じゃない! あんたが待っていたのは指示だ! どうせ、自分を動かしてくれる人が欲しかったのだろ? 紐で縛られて、動くことができなくて、それを解いて動かしてくれる人が欲しかったんだろう⁉︎」

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う!」

 犬は爪で自分の顔をかきむしった。同じところをかきむしるせいで、だんだん白い跡ができ、赤くなり、その赤が顔中に広がっていった。

「あんた、そこをどいてくれよ」

 瞳孔が開き切った目でこちらを睨む。やっぱり、彼は飼い犬だったのだ。縛られて動けないことに安らぎを感じていた。

 高橋は待人さんの腕を掴み、広場の端まで引っ張った。そして柵の上に置き、ニコニコ顔で見続けた。

「悪い話じゃないだろ? あんたがここから落ちれば、死んで、生まれ変われる。一から犬け猫か選べるんだ。よかったじゃないか」

「や、やめ、や、」

「やめて」と言うこともできなくなってしまうのか。その姿に、高橋は心底落胆した。

 待人さんは抵抗しない。抵抗できない。抵抗しても良いという権利を持っていない。だからこの人は今まで動けなかったんだ。

「じゃあありがとうございます」

 高橋は待人さんを柵の外に突き落とした。待つ人さんは落ちた先で背中を向けながら真っ直ぐこちらを凝視し、そのまま動かなくなった。彼の瞼は閉じなかった。充血した大きな目をこれでもかと見せびらかしていた。

「よかったですね。これで首輪、取れますよ」

 真顔だった。真顔であるしかなかった。それほどにこの状況が高橋にとってつまらない光景だった。

 待人さんは首輪を外せただろう。彼はきっとこのあと生まれ変わり、また犬になる。誰かが決めたルールに縛られ、また、猫を夢見るようになっていく。そしてその夢は叶わず、どうせまた、この山の飼い犬になることだろう。

 高橋は、ここの飼い猫になった。来た道を戻ろうとしてみたが、広場から出ることはできない。また誰か訪問者が現れ、その身を犠牲に自分を追い出さない限りはこの空間に居続けることになる。

「やった、やった! やったー‼︎」

 高橋は外界から離れた世界に閉じ込められた。でも、それが嬉しかった。縛られた犬は、そこで動くことはできない。けど猫はそこを自由気ままに過ごすことができる。何より、外界では、飼い犬たちからボールをぶつけられる。けどここなら、ぶつけられない。都市伝説を怖がり、だれも近づかないから。

 いずれまた一人で飼い犬が現れるだろう。猫に憧れて。でも、少なくともそれまでは、高橋という名の猫の幸せな家になる。


これからまた浮かんだり、過去作も気まぐれにあげていくと思います。何卒よろしくお願いします。

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