誰にでも出来る魔法②
体はベッドの上で身じろぎすらしていないが、心は暴れ回るように、荒々しく地団駄を踏むように騒がしい。
そんな状況では、最早眠る事も叶わないだろう。
だから、起きて夜風に当たる事にした。
眠るつもりですべての明かりを消してしまった室内は暗く、目を凝らしてようやく物の輪郭が分かるか分からないかといったところだった。
手さぐりに机の上から四角い物体を探し当てる。
手に取ったそれの蓋を開けると、カキンという金属の甲高い音が響き、音の余韻が耳に残った。
それはオイルライターという魔道具である。
フリントホイールに指をかけ、こする様に回転させると着火石に火花が散り、オイルのしみ込んだ芯に火が付く。
部屋に僅かなオイルの匂いが漂い、暖かな火の光が物質の輪郭をはっきりとさせた。
なんとなしに、光源となっているオイルライターをじっと見つめる。
正直、これは高級品だ。
都会でも貴族、もしくは貴族に褒美として与えられた者くらいしか所持していないだろう。
一般的に火を付ける道具と言えばマッチだ。
しかし、ヨハンによるとマッチとオイルライターは魔道具ではないとする説もあるのだとか。
彼がこのオイルライターの使い方と共に、そんな雑学を語っていたのをふと思い出す。
そもそも、トーアーサにとって魔道具という物の定義がよくわかっていないし、何故このオイルライターがこすっただけで火花が発生するのかすらわからなかった。
けれど、油が燃えやすい事はわかるし、このオイルライターの中に油が入っているらしいから、それをどうにかして燃やしているのだろうとは思う。
ともあれ、誰が考えたものかはわからないが、とても便利なものだと思う。
そんな事を考えて気を紛らわせながら、オイルライターからランタンに火を移す。
少し熱を持ったライターの蓋を閉め、寝間着から普段着へと手早く着替える。
ランタンの明かりは頼りないものだが、それでも着替える程度には困らなかった。
着替えが終わったトーアーサは、一度ランタンを持ってスタイルミラーの前に立つ。
この鏡も、普通は貴族くらいしか持っていないものだ。
銀を磨き上げているそれは、水鏡より正確に姿を映してくれる。
それは勿論、目を逸らしたいものも含めてだ。
彼女は、鏡に顔を近づけ、自分の目の辺りを凝視すると、眠そうな、やる気など微塵も感じない目がこちらを見つめ返してきた。
思わず、ため息が漏れてしまう。
長年付き合ってきた自分の顔なのだが、どうしてもこの目は好きになれなかった。
大人達には「やる気がない」と評され、話を聞いていても「興味なくて眠いなら聞かなくていい」と怒られる。
そんなつもりは全くないのだが、そう見えるのだからしょうがない。
だから彼女は、それに自分の性格を合わせようとしたのだ。
感情が希薄で、何にも興味がなく、常に気だる気な人間。トーアーサ・ウェイクはそういう人間であるべきだ、と自分に言い聞かせて生きてきた。
「ほんとうに、くだらない人生」
思わず独り言ちたその言葉は、本当の自分のセリフなのだろうか。それとも、演じている自分のセリフなのだろうか。
最後にもう一度ため息をつき、誰も起こさない様にひっそりと家を出たのだった。
外に出てみると月明かりが存外に明るく、足元を照らすランタンすらも必要ないのではないかと思える程だった。
そんな中、上を見上げながら特にあてもなく歩く。
燦然と輝く星の光は、いっそ暴力的にも思える。
まるで自分が一番だと主張するようにギラギラと輝いて、競い合って、そうして小さな光しか持っていない星はその陰に埋もれていく。
そんな思いで見上げていたら、いつの間にか足は止まっていた。
折角だから道の端にちょこんと座り、星を見上げる事にした。
星をよく見ていると瞬いている様にも見えるし、実は色も違うのだなと思いながらただじっと見上げていた。
強烈な青い光、白い光。弱っているような赤い光。様々な星が空で所せましと共存している。
なんの意味もないのだが、いつしかその星々に仲間たちの姿を重ねていた。
(あの青い強烈な光はヨハンかな、その隣で負けずに輝いているのはシモン。その周りで白く輝いている大きな星はベズィー、コギル、ポルル)
そして、その近くで弱々しく今にも消えそうに赤く光る星。それこそが自分なのだと自嘲気味に思いながら、心の独り言は続く。
(それでも、今は一緒にいる。いつか離れてしまうとしても、今はまだ、近くにいる)
輝けない自分は仲間外れに思えて、近くにいるのにどうしようもない疎外感が心を覆う。
また涙の衝動が目頭から溢れそうになり、慌てて瞼をぎゅっと閉じて堪える。
ふと、目を閉じて鋭敏になった耳が足音を捉える。
それは目を瞑っていても誰だかわかった。
足音と共に、硬いものが地面をつく独特な音が混じっているからだ。
ペトロ・トリスメギストス。恐らく彼が近づいてきている。
目を開けると、ランタンの火がまるで彷徨う魂のようにゆらりゆらりと揺れながら、確実にこちらに向かってきていた。
じっとその明かりを見つめていると、ついにとうとう目の前まで明かりがさしかかった時、彼の声が聞こえた。
「星が綺麗な夜だな、トーアーサ」
ランタンの明かりから、声の発生した場所へと視線を上げていくと、金色に輝く二つの光がこちらを刺すように見つめていた。
「隣、いいかな」
彼は、そう言ってぎこちないような、そんな笑みを浮かべた。
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