誰にでも出来る魔法
真っ暗な部屋に呼吸の音だけが存在する。
目を開けていても、閉じていても景色があまり変わらない。
そんな暗闇。
彼女、トーアーサ・ウェイクは、そんな暗闇の中、眠るでも起きるでもなくベッドに横たわっていた。
(ヨハンもシモンも凄く大人に見えるけど、考え方がそう見えるだけで、結局子供なんだ)
そんな独り言が胸の内で零れた。
会議と称した集まりは、結局皆ヨハン達の旅についていくが、進路については各々道中で出していくという結論となった。
その中でお互いに協力し合って、それぞれの道をゆくという事になった。
もちろん、自分の定めた道が誰かの道と重なるなら、共にするのもいいという事だ。
ヨハンとシモンらしい、という言葉が脳裏に浮かぶ。
普通じゃない。普通なら一緒に行こうと誘う。
何かの目標を掲げて進もうという人物が、各々の人生がどうとかそんな事を考えるなど聞いた事がない。
ペトロの事を『異なる文化を有する異世界から来た』と推測していたようだが、あながち間違いではないのかもしれないと思う。
人の上に立つ人物で、よい人物と言えば誰もが『面倒をみてやるからついてこい』という人物だと言うだろう。
だから皆それに近い事をしようとする。ヨハン達の言葉を借りるなら、この世界の常識では最低なのだ。この世界で、自分で人生を決めろという上司は無能だ。
誰についていくかで人生が決まるのだ。何をするかなんて、そのついていく人間の望む事に決まっている。
信じて付いていく人間の役職を用意していないなんて不親切だし、それをわざわざ告知する人間など理解できない。
普通は。
けれど、あの兄妹には不思議な魅力がある。
ベズィーあたりは、それを大人を超えた大人っぽい考えだと理解しているようだが、各地を転々として、大人達の考え方に触れてきたトーアーサにとってはこちらの人生を抱え込むだけの自信が持てない、世間知らずな子供の考え方なんじゃないかと思ってしまう。
でも、惹かれる。自分達には無い何かを持っている。
勿論卓越した頭脳、信じられない程の戦闘能力、整った容姿。目に見えるだけでも彼らは確実に持っている。
けれど、それだけではない何かを持っている様に感じて、一緒に旅をする事が楽しみになっている自分も存在する。
「眠れない……」
昼間の模擬戦のせいか、体は怠い。けれど、目を瞑っても、いくら寝返りをうっても、脳が覚醒してしまって眠る事ができないでいた。
うだうだと考えを巡らせていると、どうしても模擬戦の事を思い出す。
本当は、急所をナイフで掠め続け、ペトロを恐怖させてそれだけでこちらの力量を分からせてやるつもりだった。
けれど、彼はそれを超えて、本当の意味で力量を見抜いてきた。
どうしても直面する、自分の弱点を正確に見抜いたのだ。
息を吸い込み、胸で5秒程留めてから、ゆっくりと吐き出す。
知らぬ間に息が荒くなりそうだった。想像以上に心が乱れている事を自覚する。
身体操作の技術は誰にも負けないつもりだった。
反射神経だって、相手の動きを読む目だってそうだ。
その点だけで言えばヨハンやシモンにも勝っていると思っている。
けれど、それでは届かない。
どれだけ相手の攻撃を躱しても、どれだけ相手に攻撃を当てても、そこに込める魔力の量が足りていない。
これだけは何故か修練ではどうしようもなかった。
いや、多少は改善している。恐らく魔力の運用を最適化しているのではないかと感覚的に理解している。
でも、それでも駄目だった。絶対量が足りないと感じるのだ。
相手の隙を付き、こちらの力が最も加わる角度、最も攻撃が通るであろう急所に全力で打ち込んでも大したダメージを与えられない。
勿論多少はダメージはあるのだろう。けれど軽すぎるのだ。
魔力保有量の少ない相手や、魔力を持たない相手なら圧勝できる自信がある。
けれど、魔力をある程度保有している相手となると、こちらが何十回切り付けても大したダメージにならないのだ、いずれスタミナ負けしてしまう事は容易に想像がつく。
悔しかった。
悔しい気持ちがどんどん呪いのように膨らんで、誰かを恨まなくては収まらない程になっていた。
自分を恨んで、それで溢れた憎しみは大好きな親に向かった。
なんでもっと魔力がある体に産んでくれなかったのかと狂おしい程に心で責め、それでも溢れて世間を責め、世界を責め、神すらも責めた。
けれど、最後はむなしくなって、誰かを責めてもしょうがないんだと、呟くような心の声で終わる。
そうすると胸に渦巻いていた熱が、目から涙と一緒に流れて、どんどん冷めていくのが分かるのだ。
今、まさに、トーアーサはその状態だった。
腕で目を隠しているが、その下からは熱いものが目頭から流れ、目尻を過ぎる頃には冷たい水となって、そのまま流れて耳の辺りを濡らしにいく。
いっそ声を出して泣き喚きたいと思った。
どんなに努力しても、超えられない壁。そしてその壁を超えない限り、いつか皆との旅を降りる日が来るだろうと思った。
それが悲しくてしょうがないのだ。
意外だったのは、それによって両親の捜索ができないという事については、そこまで悲しみを感じなかった事。
(ああ、そうか。私、みんなと旅、したいんだな)
幼い頃からあまり欲求を表に出してこなかった。
だから気付けなかったのだろう。
けれど、気付いてみると簡単だった。自分も、ヨハン達と同じく子供なのだ。
気の置けない仲間達と一緒に騒いで、一緒に悲しんで、一緒に困難に立ち向かって。
そんな当然のようで、けれど実際には見渡してもどこにもない、夢の様な世界に憧れていたのかもしれない。
そしてそれを、ヨハン達に求めているのかもしれなかった。
(悔しいよ。胸を張ってみんなと一緒に居たいよ。助けて、お父さん、お母さん)
いつも眠そうな目をし、表情に感情があまり現れないが、その実心の中は繊細で弱く、小さな事で傷付き、いつも誰かに助けを求めている。
それが、トーアーサ・ウェイクの本当の姿だった。




