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作戦会議

 彼、ヨハンは姿見の前に立っていた。

 昼間の模擬戦の後、それぞれ解散し、それぞれが自分の弱点を知り、思い思いの時間を過ごした。

 ある者は斧を握り素振りをし、ある者は森に狩りにいき、ある者はヨハンにねだって本を読み漁り、ある者は部屋に閉じこもった。

 それでも、夕餉は全員が集合し、ケティルやピュズリなどの大人組は過去の話で盛り上がり、ヨハン達はその話に聞き耳を立てながらも、何でもない話をした。


 そしてそんな夕餉も終わり、全員が寝室に帰った後、ヨハンとシモンはベズィー、コギル、トーアーサをヨハンの部屋に呼び出して話をする事にした。

 まだここに居るのはヨハンのみだ。みんなはやってきてはいない。


 そこに、コンコンというノックの音と、妹の声が聞こえてくる。


「お兄様、皆を連れてきたよ」


「わかった、入っていいよ」


 夜という事もあり、静かに開かれたドアからはぞろぞろと仲間たちが入ってくる。

 ここ数日思いつめた様な顔をしていたが、憑き物が取れたかのように表情が軽くなったコギル。

 あまり変わっていないが、それでも、自分の方向性が分かって安心したのか、笑顔が多くなったポルル。

 翻って、表情があまりわからなかったトーアーサだが、今は一見して暗い表情だという事が分かる。

 そしてベズィーは、何故か緊張した面持ちできょろきょろと部屋を見ている。


 様々な顔の中で、ベズィーの反応が気になったヨハンは、変なところがあるだろうかと自分の部屋を見回す。


 なんの変哲もないベッドには皺の無い白いシーツがかけられており、窓際には勉強の為のデスクが置いてある。そこには何冊かの本が綺麗に並べられており、こまめに掃除がなされている事が見て取れる。

 そう広くない部屋だが、ソファとテーブルもあり、今日は友人たちを招くためにいくつか椅子も追加で用意していた。

 テーブルの上には水差しと、軽く食べる事が出来る菓子を用意しているが、時間を考慮して重くないものを用意したつもりだった。

 変なところはない筈だ、と胸の内で呟いて自分を落ち着けるヨハンとは裏腹に、ベズィーの態度は一向に落ち着かないようだった。

 けれど、ヨハンにとっても緊張する瞬間でもある。

 友人を部屋に招くなど、生まれて初めての経験だからだ。

 表情には出さないが、変だと思われたらどうしよう、趣味が悪いと思われたらどうしようと少し前まで部屋の中を無意味にうろうろとしていたくらいである。

 そんな胸中を全て隠して、ヨハンは笑顔を作る。


「変かな」


 その問いに、ベズィーは両手をバタバタと振って答える。


「ううん! 全然! 凄い綺麗にしてるね!」


 会話はある意味、等価交換の繰り返しだ。こちらが何かを与えたなら、無意識に相手から見返りを求めてしまう。

 だからこそ、ベズィーが気を使って褒めてくれたなら、こちらも同じだけ相手に良い気持ちになれる言葉を返すべきだ。

 そう考えるヨハンは、ベズィーが見慣れない髪留めをしている事に気付く。

 それは鹿の角を模した髪留めで、ベズィーのさらさらと流れそうな前髪をしっかりと留めていた。


「それ可愛いね。最近買ったの?」


「え? あ、うん。アブセンスを出る前に雑貨屋さんに寄ってさ」


「へえ、そうなんだ。うん、ベズィーにとても似合ってる」


「あ、ありがと」


 そんな会話を尻目に、シモンのため息が聞こえ、次いで乱暴にソファに座るドスンという音が聞こえる。

 シモンは半眼でヨハンを見ていた。

 それは何かを促すようであり、何かを咎めるようでもある。

 咎める理由はわからないが、促すものはわかったので、手近な椅子を引き、ベズィーに「座って」と促し、他の面々にも「好きな場所に座って欲しい」と告げる。

  全員が座ったところで、ヨハンは一度全員の顔を見渡し、口を開いた。


「みんな、夜分に集まってくれてありがとう。今回の目的なんだけど、僕たちは一応、これから共に修練を積んで、そのあとも行動を共にするつもりだから、それに向けて──」


「お兄様、長いよ」


 シモンの制止。一瞬反論しようと口を開きかけたが、「そうだね」と同意しておく。

 説明や前置きが長くなるのは、自信がないからだと以前父に説明された事を思い出す。

 そして父はこうも言った。

 自分の意図した事が伝わっているか自信がなくて説明が長くなるというのは、言い換えれば意図した通りに理解して欲しいという支配的な欲求でもある。言って放った言葉を相手がどう捉えるか、こちらの思惑を相手がどう捉えるのかは本来相手の自由なのだと。

 そういう意味ではヨハンとシモンは対極だった。


 分かるまで説明して相手に理解を求めるヨハンと、相手にわかるであろう説明をしてみて、相手が理解できないというならもう説明する必要はないと判断するシモン。

 

 ちらりと横目でシモンを盗み見る。

 そこには、まるで肌がうっすらと光って見えるのではないかと見まごう少女が座っていた。

 美しく、まるでここが自分の部屋だと言わんばかりに泰然とした態度の彼女は、正にリーダーに相応しい存在なのではないかと思わせる。

 事実、彼女は頭がよく、行動力もあり、人に好かれる性格で、人の上に立つにあたって非の打ち所がないのだ。


 けれど、彼女はヨハンが居る場所ではそうしない。

 指針に口を出す事はよくあるし、ただ指示に従うだけの人間でもない。仮にヨハンがいないグループだったなら、彼女は迷いなく自分がリーダーとなり場を仕切るだろう。

 けれど、彼女はヨハンの言葉を待っている。


 優れた分析と状況判断、そして役割分担を決めたなら、それを徹底する。それがシモンという人物だ。

 自分や彼女の事を上辺だけ知っている人間からすれば、自分の気持ちに行動が引っ張られるのはシモンで、冷静に対処するのがヨハンだと思うだろう。

 実際は逆だ。

 彼女は感情表現を表に出す性格だが、どんな時でも冷静で合理的な判断をする。

 対して自分は、感情表現は少し苦手で、あまり表に出さないが、自分の感情と反対の判断や行動をするには躊躇いが生まれてしまうし、視野も狭くなる。


 極めて合理的だからこそ、シモンは咄嗟の判断を間違わない。まさにヨハンの足りない部分を全て持っている。

 けれど、そんな彼女が絶対に自分に譲ってくるリーダーという役割。

 

 盗み見るつもりが、いつの間にかじっとシモンの顔を見つめてしまっているヨハン。

 そんなヨハンに、訝し気な視線を返すシモン。


(僕は、彼女に劣等感を抱いているのかな。いや、だとしたらシモン、君も僕に劣等感を抱いている?)


 そう思ったが、違うのだと気付いた。

 きっと自分のそれは羨望や劣等感もあるのかもしれない。

 妹は恐らく、尊敬してくれている。


 ヨハンは、胸中で自嘲気味な溜息が漏れる心地だった。

 恐らく、自分達の今後の旅路に、この場の友人たちが心の底から賛同して付いてきてくれるかどうかが不安なのだろうと自己分析をする。

 だからこそシモンとの対比を今してしまっているのだろう。

 シモンなら、付いてこないならそれでもいいと割り切って考えるだろう。

 シモンなら、本当は嫌だったとしても承諾したなら付いてこいと割り切るだろう。


 そうはなれない自分の弱さ。それが見えてしまって、自慢の妹の大きさを思い知る。

 けれど──。


「では、今後の作戦会議をしよう」


 そんな胸中などおくびにも出さず、ヨハンはニコリと笑って話を始めたのだった。

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