最強なのに最弱②
「精霊よ」
ポルルの呼びかけに、精霊は応える。
彼がかざした手のひらの前に真っ赤な火の玉が出現した。
「なるほど」
俺は誰にともなく呟いて、杖を構えて魔法陣を構築する。
この世界でいう魔法陣とは、前世でいうところの数式だ。
これから引き起こす事象を数字という記号で表していく。
そこに魔力を流す事で、事象として発現させるのだ。
つまり。
「魔力はあくまで燃料に過ぎない。事象への理解力が、魔法の質を決めるんだ」
俺の目の前に描かれる数式の答えは。
「魔法は感覚で為せるものではないぞ! 炎は結果だ、なにをもってその結果たるか考えた事はあるか! ポルル!」
彼にその声は聞こえただろう。だが、ポルルも今まで積み上げてきた精霊魔法の全力を注ぎ、炎の玉を作り上げている。
そして、二人の声が同時に響き渡る。
『精霊さん! お願い!』
『カーボ・ダイアクサイド!』
刹那、ポルルの手の先から、今まさに飛び出そうとしていた炎が一瞬にして消失する。
しん、とした空気がその場を覆った。
ポルルは何が起こったのかわからず愕然としており、周りのギャラリーの多くも目を見開いて何が起こったのかと思考する顔をしている。
唯一、ヨハンとシモンに関しては、さも当然という顔をしているが、それは燃えるという事象の原理がわかっているからだろう。
この魔法、カーボ・ダイアクサイドは、指定した場所を二酸化炭素で満たすという魔法だ。
満たすと言っても、それは短い間の事で、直ぐに大気と混じって普通の二酸化炭素濃度に戻ってしまう。
けれど、使い道はある。相手の顔辺りに発動すると、一瞬呼吸が乱れるので隙がつくれたり、後は今のように燃焼しているものを覆うように発動すると、燃焼を続ける為に必要な酸素を阻害し、消火する事ができる。
ディスペルマジック、相手の魔法を打ち消すという概念はこの世界に殆どない。
だからこそ、既に発動したポルルの魔法が消えてしまった事に皆驚いているのだろう。
興が乗って来た、少し講義してやろう。
「ポルル、今から君と同じように火球を放つ。それを防いでみろ」
「は、はい!」
威勢のいい返事と共に、『精霊さん、お願い』というポルルの願いが聞こえてくる。
次いで、ポルルの目の前に人の背丈を超える大きな氷の壁が出現した。
周りの空気さえ白くするそれは、かなりの冷たさなのだろうと思われる。
厚さも伴っており、強度もありそうだ。
なるほど、典型的な勘違いをしている。
俺は杖を構え、殊更ゆっくりと魔法陣を描いていく。ヨハンやシモンにも見せる意味でだ。理論で分かっていても、実際に見る事はきっと勉強になる。
「ポルル、色温度というものがある。知っているか?」
「いえ、知らないです」
「そうか、覚えておくといい。炎は温度によって色が変わる。お前が放とうとした火球の色はオレンジだった。炎と言えばその色をイメージするだろう。けどな、それは最も温度の低い火だ」
俺が語る言葉を、この場の何人が理解できるだろうか。いや、言葉だけでは難しいだろう。科学も化学も発達していないこの世界の人間に、言葉だけで理解させるのは無理だ。
だから俺は、まずやって見せる事にした。
『フラマピラ!』
杖の先から真っ赤な火球が飛び立ち、ポルルの生み出した氷の壁に衝突する。
その炎は氷の壁の表面を舐めるように広がり、やがて消えた。
「これが、お前の放った火球だ。勿論それならば、その壁で防げるだろう。だがな」
俺は再度魔法陣を描く。今度もまたゆっくりと魔法陣を描いてみせるが、それを見たヨハンとシモンが喉を鳴らすのが見えた。
危険だ、と判断したのだろう。という事は中身が分かったという事だ。
我が子の優秀さを感じて少し笑顔になってしまったのは秘密だ。
「火を消すなら水、氷、というのは正解だが、間違いだ」
キュボ、という何かを勢いよく吸い込んだかのような音と共に、俺の杖の先に真っ白な玉が現れる。
「火は、燃焼させる材料によっても色が変わるものだが、温度によっても色が変わる。赤、オレンジは温度が低く、約1,500度程度。温度が上がって3,500度程度までいくと黄色になり、更に温度を上げ、役6,500度まで到達すると、光のように白くなる。いくぞ!」
俺は、魔法を唱える。
『フラマピラ!』
光が目を焼いた。
ポルルの作った壁に向かって一条の光が伸び、ぶつかる前に上空に軌道を変えて伸び、遥か上空まで光は伸びていった。
だが、氷の壁に光が触れても居ないのに、まるで爆弾でも仕込まれていたかのように氷が爆発四散し、あまりの衝撃にポルルは吹き飛び、尻もちをついていた。
涙目で震えるポルルに、俺は近づきながら言う。
「水はな、高い温度になると蒸発するんだが、その量が多いと今のように爆発するんだ。魔法は組み合わせると、こうしてとても大きな効果を引き起こす事ができる」
ポルルの目の前まで到達した俺は足を止め、言葉を続ける。
「木の魔法や、木の魔物には炎を選択する者が多いが、これは間違いだ。イメージだけで魔法を使っている典型的な例だ。十分に乾燥させた木は勿論燃えやすいが、生きている木は当然水が通っている。火で炙っても中々燃えるものではない。まあ、勿論ダメージはあるがな」
涙目で震えるポルルの前でしゃがみ込み、頭に手を載せながら続ける。
「火に水や氷で対抗するのも、あまりいい手ではない。勿論消火効果はあるが、炎に対する壁なら土にした方がいい。燃えないし消火効果もある。魔法はどんな事を起こすとどうなるかという事を理解して、それを現実にしていくものだ。感覚で使うと望んだ効果を得られない。だから、学ぶ必要があるんだ」
俺は、ニコリと笑って彼に言った。
「だから、もっと学ぼう。なに、才能の無い俺がある程度魔法を使えるんだ。君なら、もっとうまくなるさ」
そう言うと、ポルルは首がどこかに飛んでいくんじゃないかと心配になるほどコクコクと頷いた。




