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いつかどこかで⑤

 「だって体に当たったら、無駄に痛いじゃないですか」


 ちょこんとその場に座り、にこにこしながら言うベズィー。


「無駄かどうかはわからんが、頭に当たったら下手すれば死ぬぞ」


「矢が当たって、それでも生きている方が痛くて辛いじゃないですか」


「……君は、俺を殺そうとしていたのか?」


 言うと、びっくりしたように目を瞬かせ、顎に人差し指を当てて考えるベズィー。

 その目は何かを見つめる様に右斜め上を向き、そこに答えがあって読み上げるかのように、疑問符交じりに答える。


「そんなつもりはなかったです。それに、ヨハン君のお父さんが私なんかに殺せるわけないし。でも、万が一矢が体に当たっちゃったら痛い思いをするから、頭だったらそんな想いしなくていいかなって……あれ? でもそうすると死んじゃうかな」


 彼女は、自分の論に矛盾がある事に気付きながら、なぜそうなるのだろうと眉根を寄せている様だった。

 いや、おかしいのだ彼女は。狩人としても、人としても。

 狩人は基本的に頭ではなく、心臓付近を狙う。

 そうする事でたとえ心臓から外れたとしても、心臓に近い体のどこかに当たれば獲物は出血し、体力を奪われるのである。

 また、近くにある肺を破る事ができれば、運動能力を奪う事が出来て追跡が容易になる。

 そして弱った獲物を追って行けば、もう一射、もしくは逃走中に出血多量で力尽きている事もあるだろう。

 もちろん頭も弱点ではあるし、銃でハンティングする前世では、イノシシは耳の付け根辺りを狙うなど、道具の進化により一撃で仕留める事が容易になったものであるが。

 ともあれ、弓矢であれば狙うのは胴体、心臓付近だ。

 そして、模擬戦ということであった場合、狙うのは普通首より下、つまり胴体を狙うだろう。まあ、弓矢で模擬戦自体があまり行われる事ではないが、普通の神経であれば頭は狙わない。

 そして戦場であればどうか。やはり狙うのは胴体だろう。上手い狙撃手なら足を狙うかもしれない。

 だから疑問なのだ。彼女はどこで、どういう経緯で頭を狙う癖がついたのか。

 それは潜入し、助けを呼ばれる事なく殺害する方法。すなわち暗殺に有効な手段であって、他に有効な局面などない筈だ。

 なぜ執拗なまでに一撃で命を奪おうとするのか。なぜ治療による蘇生が絶対に不可能な状態にし、命を奪う事にひたむきなのか。


 俺はその癖をなんとか矯正する糸口が無いかと、少し目に力を込めて問う。


「なあ、教えてくれベズィー。君はなぜ頑なに頭を狙って矢を撃つんだ?」


「だって、お父さんが……」


 その瞬間だった。


「……っ!」


 俺は思わず息を飲む。

 ベズィーの目からすべての光が消え、まるで目が洞穴であるかのように変化した。

 その洞穴は中が全く見えない。怖くて、恐ろしくて、けれど、中を確認したくて思わず一歩踏み出してしまうような。けれど踏み出したら、どこまでも引きずり込まれそうな、そんな粘度の高い闇だった。

 けれど、俺が息を飲んだのは、そんな『右目』から見えるベズィーの姿ではなかった。

 俺の左目には、別の世界が広がっていった。


 真っ暗な、ひたすらに真っ暗な世界。

 足元には累々たる動物の死体が目を見開いてベズィーを見ている。

 その死体たちの上で、ベズィーは呆けた顔で座り込んでいる。

 そして。


 ベズィーの体に、絡みつくようにしなだれかかる黒い男。

 目はギラギラと輝き、こちらを見ている。口は嗤っているのだろう、大きく開いて、黒い体とは全く違う、血のように真っ赤な口腔と白く輝く歯。

 それは決して、強さを感じる存在ではなかった。魔物や魔族にはもっと強さを感じる存在は沢山いる。

 それは決して、襲われる危険を感じる存在ではなかった。肉食獣が跋扈する森や、命を狙う敵が入り乱れる戦場で感じるようなひりひりした危機感は感じない。


 ただただ、恐ろしい存在だった。

 近づくと命以外の全てを奪われるような、得も言えぬ恐怖。

 こんな恐怖を振りまける存在は一つしかない。


 人間だ。あれはきっと、人間だ。

 力が飛び抜けて強い訳でもなく、魔力が飛び抜けている訳でもなく、知性が飛び抜けている訳でもない。

 何かが飛び抜けて恐ろしいのではない。その執拗で、呪いにも似た粘度の高い『想い』こそが、人間の一番恐ろしい部分だ。

 形が変われば執念として何かを成す力にもなる。未来を創る希望にだってなる。

 そんな強い力が、偏執的に傾いたとき。誰か一人に向けられた時。

 暴力など生ぬるい程の力となって、人生を狂わせるほどの何かになる。


 その『何か』が今、ベズィーに纏わりついている。


 俺は今もギラギラした瞳でこちらを見ながら嗤い続ける『何か』に掴みかかろうと一歩前に出る。

 その刹那──。


「お疲れ! ベズィー!」


 ヨハンの声だ。

 その声に反応したベズィーは、先ほどまでの表情とは打って変わってキラキラとした、明るい少女然とした笑顔になり応える。


「ヨハンくん! ヨハンくんのお父さん強いよね! 全然敵わなかった!」


 そこに、シモンが腕を組み、胸を逸らして加わってくる。


「ふっふっふー。そうでしょうそうでしょう」


「なんでお前が自慢げなんだよ」


 そんな少年少女達の笑顔の輪に、次々に人が集まってくる。

 弓矢の模擬戦は危険なので離れていた全員がぞろぞろと揃ってくる。


 皆笑顔だ。

 キラキラと輝く笑顔だった。

 ヨハンもシモンも。

 ベズィーも先ほどと打って変わって飾らない、素朴で輝くような笑顔だった。

 ポルルやコギルも楽しそうに笑い、トーアーサも俺には見せないであろう優しい笑顔で笑いあっている。


 そんな明るい光景なのに。

 何故だろう、怖いと感じてしまう。


 いつか見た夢の言葉が頭の中で蘇る。


『あなたがこれからの一年で何を残すかで、その結末の後に何がはぐくまれていくかに影響します』


 俺は目を背けていたのかもしれない。

 ヨハンやシモンは、確かに才能溢れる人間だ。その才能は勇者すらも超えるかもしれない。

 けれど、それは所詮個人だ、一人の人間でしかないと思っていた。

 その大きな才覚の光に惹かれるように、次々と才能ある人間が集まってくる。

 いずれ、世界に大きな影響を与える存在になっていくのかもしれない。

 そして、大きな力を持つ者達だからこそ、大きな波紋を起こす原因となるかもしれない。


 俺には才能がない。だから、中心となって世界に影響する事なんて考えた事も無かった。

 世界に影響を起こす誰かの助けになるために一所懸命になる、それであれば想像もできる。

 

 でも、この子達は、俺にとって全くの未知の世界へ。世界を変えうる嵐の中心に行くのかもしれない。


 不安が俺の心を支配する。

 俺は、うまく導けるだろうか。


 既にリリィは、ここ数日俺を避けている。

 いや、そうじゃない。俺がヨハンやシモンと居る時、彼女はその空間から逃げ出そうとするのだ。

 既に俺にはリリィの気持ちが分からない。

 そしてベズィーの異常性。

 きっと、彼女元々天才的な才能があったのではないのではなかろうか。

 彼女は、異常な環境に適応した結果天才たる技術を身に着けざるを得なかったのではないだろうか。

 だとすれば、それを育てる事に弊害はないのだろうか。


 ヨハンとシモンが、こちらに笑顔で手を振っている。

 その笑顔は屈託がなく、俺を信頼しきっている。

 

 しっかりしなくてはならない。

 けれど。


 まだ確定していない未来。

 いつかどこかで、歯車がどうかみ合って動き出すのか。どういう未来に収束し、確定するのか。

 俺はざわつく心を抑えて、笑い合う皆の下へ歩き出すのだった。

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