いつかどこかで③
俺はベズィーの正確な射撃を、木々の陰を利用して、或いは剣で弾いて躱していく。
もちろん、相手の矢玉の残量を計算する事も忘れない。
相手の矢は、あと残り三本。
木々を遮蔽物に移動しながら、ベズィーの下へ近づいているため、距離も近づいていっている。
俺は胸中で、「このままだとジリ貧だぞ、どうするベズィー」と、聞こえる筈もない忠告を独り言ち、彼女がどう出てくるかを予想する。
普通で考えれば、なんとか残りの矢で安全に仕留めたいと考えるだろう。
一応、その裏をかいて突如近接にシフトするという可能性に思考を巡らせる。
いや、可能性は低い。矢玉の少なくなった今となっては、意表をつくという効果が薄まるからだ。
意表をつくなら、もっと早めに、まだまだ矢が残っている時に行うのがタイミング的にはベストだろう。
矢玉が切れそうな状況なら、双方近接での戦闘が近い事を意識して構えているだろうけれど、矢に余裕があるのにわざわざ近づいてくるなんて、普通は考えないからな。
意表をつけないのであれば、安全に攻撃できる弓矢での射撃を中止する理由がない。
だが、懸念もある。
そろそろベズィーも気づいた筈だ。
力押しでなんとか切り抜ける事が出来る状況ではないという事に。
彼女にとっては業腹かもしれないが、経験も工夫もない天才は、俺にとってそこまで怖い相手ではない。
経験豊富で多種多様な対応をしてくる凡才の方が、余程怖いくらいである。
経験のない天才は、その少ない経験から得た成功体験に基づく行動パターンをする事が多い。
そして、天才であるが故に簡単な手法でも成功に繋がってしまう。
つまり、手法が少ない上に、単調なのだ。それでも成功するのは、ずば抜けた精度だったり、力だったりと様々だが、結局はそれに対処する事ができれば、後は作業に過ぎない。
ただ、俺はそれを強者の奢りと言うのは少し酷な事だとは思う。
才能あふれる勇者一行と行動を共にしていたからこそ思う事かもしれないが、彼らは、絶対に勝たなければならないのだ。常に自分が倒れれば後ろにいる民の命が奪われるというプレッシャーに晒されて戦っている。
逃げるなんて以ての外だ。絶対に失敗は許されない。
だからこそ、常勝の手があればそれに縋り付き、それをなんとか磨いて失敗しないようにするのである。
翻って凡才はというと、俺のケースはまた別だが、普通は後ろに民は居ないのだ。
それに、もし民が後ろに居たとしても、自分も同じく持たざる者、守ってやる義理はないのだ。
逃げたっていいし、降参してしまってもいい。自分の命さえ無事なら、失敗しても構わないのである。
だから、沢山失敗する経験を積む事が出来て、そこから学習する。
それに、凡才が故に常勝の一手など、中々持てるものではない。
だから磨くのだ。あらゆる状況で、その場に適したあらゆる手段を。
己が命を守る為に。
それぞれの立場、それぞれの強み、弱みがあるとは思うが、俺の持論では最終的に「戦闘技術に特化した天才」が十分な経験を積んだ場合、その才を持たない者が勝つ事は難しい。
だから俺は、その手の人間が既に揃っている勇者一行に必要なのは、戦闘以外の技術や知識、そういったものに才のあるもの、またはそういったものを得る経験が豊富だった者がもう少し必要だと思っているんだが。
何かに特化した天才は、それ以外を驚くほど軽く見ていたり、出来なかったりするもんだからな。
と、考えが逸れ始めた。今はベズィーに集中しよう。
あと少しで近接戦闘に差し掛かる距離、彼女は殆ど動きを見せていない。
それは何かを待っている様でもあるし、攻めあぐねている様にも見えた。
まさか、ただただ慌てているなんて事はないだろう。
ともあれ、既に遠距離戦での知りたい事は知れた。
これは彼女の実力や傾向、弱点や癖を知る為の模擬戦なのだ。
十分に彼女の未成熟さ、それゆえに存在する伸びしろを確認できた。
そして頑なで拘る部分や、確認すべき異常性も見つけた。
差しあたっては、何の工夫もなく、技量の力押しで押し切ろうとするのは是正する必要がありそうだ。
後は近接戦闘の技量を見て終わり、といったところか。
俺は、無防備に木の陰から出て身を晒し、ベズィーの方に視線を向けて笑いかける。
弓矢の腕に自信を持つ彼女にとって、これは最高の挑発となるだろう。
だからこそ、だろう。今までで一番鋭く、普通なら気付かないほど小さな点が一瞬視界に映ったと同時に、俺の頭があった場所を風の音とともに切り割く。
勿論、俺はすんでの所で躱しており、無傷だが、ベズィーの攻撃はそれで終わらなかった。
もう一射きたのだ。これは躱せないと剣で薙ぎ払うが、想像以上に軽い手ごたえが返ってくる。
おかしい。いくら速射だとしても威力が低すぎる。
速射、残り僅かな矢、低い威力。
俺の頭に、ひらめくものがあった。
(なるほど、そういう事か!)
俺は胸中で嬉しくなってしまって、体中の魔力を剣に纏わせる。
いつの間に自分はこんな戦闘狂になってしまったのか。
そして、予想通り緩急をつけたが如く異常な威力を持った矢が飛んでくるのを、全力で弾いてその力に若干姿勢を崩す。
だが、姿勢を崩したとて、もう用意していた矢は12本。さっきのが12射目であるから、そこまで問題ではない。
普通なら。
しかし、そこで来たのだ。本来ない筈の『もう一射』が。
今までで最高の速度、威力を伴って。




