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いつかどこかで②

 どこから来るかわからない相手に警戒する事しばし。

 それは突然やって来た。

 目の前で、一瞬何か光るものがあったような気がして、嫌な予感と共に頭を横に傾けると、耳元をひゅっという風を切る音が過ぎていった。

 刹那、俺の背後にあった木の幹に甲高い音を立てて矢が突き刺さる。


(これは、厄介な相手だぞ)


 見通しの悪い林で、そして恐らくまだ距離があるというのに、正確にヘッドショットを狙う技術は驚嘆に値する。

 これが開けた場所なら或いは、狙いが正確過ぎるが故にベズィーの発射タイミングに合わせて動けば回避もある程度できるかもしれないが、音もなく近づいてくる暗殺者めいたベズィーはかなりの強敵に思えた。


 これが名のある戦士の子供などではなく、ただの村娘だなんていうから驚きだ。

 いや、コギルにしたってそうだ。彼には戦闘のセンスがないとは言ったが、あれだけ努力を重ねて斧の技術を磨く事ができるという事自体、一種の飛び抜けた才能めいたものがある。

 

 そして、今も息を殺してこちらを狙って矢をつがえているであろうベズィーは、きっとまごうことなく天才の部類に入るだろう。

 弓で狙う精度だけではない、矢にもしっかりと魔力付与が施されていて、体とどれだけ離れてもその付与が解けない程強くコーティングされている。

 その証拠に、矢の半分以上が木の幹に埋まっており、確かな威力を物語っている。

 若干14歳にして、確かな技術と、それの活かし方を心得ている彼女は、放っておいても勇者一行に加われるのではないかというほどの才覚に溢れている。


 いや、それだけじゃない。ケティルという優秀な師の存在も大きいのだろう。

 思えば彼は、筋骨隆々で粗野な性格をしているが、狩人としての仕事は繊細で正確だ。

 矢玉の管理から獲物の追跡、そして狙撃の位置取り。全てにおいてきめ細かな思慮が見て取れる。

 ベズィーは恐らく、それらを継承しているのだろう。

 狙いも正確で、無駄撃ちを控える為にこちらをよく観察している事が、中々次射を撃たない事から見て取れる。

 ある意味で老獪に見えるベズィーには、狩りの哲学があるのだろう。

 

 けれど、だからと言って負ける気はない。

 それらは単純に教えられた事を完璧にこなしているにすぎないのだ。

 彼女はあまり失敗をしてこなかったろう。けれど、こっちは人生で嫌という程失敗を経験してきているのだ。


 俺は意識を集中させ、焦点を絞らず、ぼんやりと視界全体を意識する。

 格闘家、武道家、武術家。こちらの世界だと戦士や騎士。戦いにおいて一流である人間達には共通した事が多数ある。

 そのうちの一つがこの焦点だ。

 特定の場所に焦点を合わさず、相手の全体をぼんやりと観るのだ。そうする事で死角を減らし、かつ、自分のこれから行う動作を視線から探られない様にするそうだ。

 今回の場合は、相手のいる方向をぼんやりと面で捉える事によって小さな異変にも気付けるようにしておく。

 そうすることによって──。


 ひゅっ、という風を切る音が、俺が首を逸らした瞬間に耳に入った。

 次いで再び同じ木の幹に矢が突き立つ音がする。

 ちらりとその矢を見る。


 矢尻の角度がやや上を向いている。

 この程度の距離なら曲射ではなく、矢を真っすぐに飛ばしているだろう。つまりは、結構な高さから撃たれたものだと推察される。

 つまり、木の上にいるのだろう。


 そして左右の角度だ。

 距離が離れれば離れるほど、この角度の差は小さくなるものだが、とはいえ一本目と二本目に角度の変化が無さ過ぎる。

 つまり、移動しておらず、同じ場所から発射しているという事か。


 この辺りが甘さだ。

 一射目を外したなら、すぐさま場所を変えるべきだ。

 場所を変えずに二射目を撃つなど、魔法でカウンタースナイプ(狙撃返し)されることへの警戒心が低すぎるし、そうならないまでも位置を特定される事への警戒心が足りない。

 つまり、彼女は失敗したことが少ない為に、失敗した時のリカバリーを知らないのだ。

 そしてもし失敗しても、大体は力押しでなんとかなる程度に才能があるのだろう。


 格下相手なら問題ないし、今まで彼女の相手はケティルを除いて格下ばかりだったろうから、それでもよかったかもしれない。

 だが、これからはそうはいかない。これは彼女の課題だな。


 そして、こちらにはちょっとしたずるい能力もある。

 俺は再度矢に視線を向けると、魔力を纏った矢は、薄く赤いコーティングがなされているように見える。

 次いでベズィーがいるであろう方向を見やる。

 少し遠くの木の枝に、赤いシルエットが見えた。

 俺の目は、魔力を可視化する事ができるのだ。そしてそれは、遮蔽物に隠れていても関係ない。光の屈折ではない何か別の手段で魔力を観ているのだろう。


 ともあれ、相手の位置が大体わかったのだから、こちらが身を隠す事ができる場所も分かってくる。

 遮蔽物となるであろう木の裏へと移動した俺は、木剣を握り締めて思考を巡らせる。


(さて、そろそろ位置を変えるか?)


 俺は胸中の呟きの答えを確かめるべく、木の陰から身を晒す。

 次いで、視界に映った点に向かって木剣を振るった。

 すると、カァンという甲高い音と共に、矢が回転しながら宙を舞った。


(己の技術に頼って思考を疎かにすると、詰む事になるぞ! ベズィー・シモンズ!)


 小走りに次の木の陰まで走って身を隠し、状況を整理する。

 同じ方向から矢が放たれていたことから、ベズィーは全く移動していない。

 そして、現在三本の矢を発射した事から、彼女の持っている矢の残りは。


(9本……か)


 それを多いと取るか、少ないと取るか。

 彼女は1ダース入る一般的な大きさの矢筒を使用していた。

 これが戦場なら、腰に紐で括ってもう1ダース持ち歩くのが一般的だ。

 そもそも矢は敵も使う。そのため、相手が撃ってきた矢を回収して使用する事ができる為、戦場における矢の応酬は、まるで死のドッヂボールの様だ。

 けれど、今この場にそういった状況はない。彼女は事前に用意した矢を撃ち尽くすと、こちらが近づかなくても近接戦闘を行う外なくなってしまう。


 俺は遮蔽物を利用し、彼女の正確無比な射撃を回避し続けた。

 ふと、彼女を分析していて、思う事がある。

 やはりケティルとは違う、という点だ。


 ケティルは元狩人ではあるが、勇者一行に加わってからは、戦場の兵士であり、狙撃手でもある。

 だから、彼は戦いの場でヘッドショットを狙わなかった。

 狙うなら、足か胴だ。

 理由は簡単で、それが兵士の役割だからだ。

 戦士や狩人は、究極的には相手を殺す事を目的としているかもしれない。

 けれど、兵士は違う。戦いに勝つことが目的なのである。だから、命を奪うよりも負傷させることに重きを置く。

 といって、別に勝てるなら命までは奪わないという生易しい理由からではない。もっと合理的な理由からだ。


 戦争は資源で殴り合うものだと思う。それは前世でも今生でも変わらない真理だと思っている。

 いかに相手のリソースを削るか。相手の資源が尽きて、戦えなくなれば勝ちなのだ。

 だから戦場における狙撃手の役目は、命を奪って戦力を低下させる事ではない。負傷者を増やして行軍を遅らせ、救助や治療に人員を使わせる。そしてより多く医療品を使わせて枯渇させ、戦場復帰できないようにする事が肝要だ。

 もっと言うと、命を奪ってしまうと食い扶持が減るので、相手の食料消費が落ちてしまう。つまり相手の戦闘できる期間が増えてしまう結果に繋がるのである。

 だから、戦えない位に傷つけ、生かすのが正解なのだ。

 そして移動の邪魔になるように足を傷つけたなら一番いい。

 血生臭くて嫌な話だが、それが戦争の現実なのである。


 しかし、ベズィーはこれまでずっとヘッドラインを狙い続けている事から、彼女は兵士ではなく、狩人なのだなと思う。

 人間相手だと、暗殺者といったところか。


 しかしなぜ、ケティルから師事を受け、彼の技術を如何なく実践に活かせる彼女が、その大事な根本を受け継いでいないのだろうか。

 俺はそこが喉につかえた魚の小骨のように気になってしょうがなかった。

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