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才覚の形⑤

 目を覚ました彼の目に映ったのは、二つの整った顔だった。

 ヨハンとシモンだ。

 二人は、どこか苦しい所でもある様に顔を歪ませ、こちらを見ている。

 恐らく、その表情は実際にどこかが苦しい訳ではなく、こちらを心配している、というものだろう。

 その証拠に、こちらが目を開けて苦悶の声を上げると、二人同時に喜びの表情になり、次いでさっきよりも眉間に皺を寄せて心配の声を上げてきた。


 先に声を掛けてきたのはシモンだった。


「もう! 心配したよ!」


 まるでこちらを責めるかのようなその言いざまに、思わず苦笑してしまう。

 そんなこちらに、ヨハンは依然心配そうな表情を浮かべながら聞いてくる。


「倒れた後、コギルが凄くうなされていてびっくりしたよ。大丈夫? どこか痛むところはない?」


 コギル、と呼ばれた彼は、なんだか気恥ずかしくなってしまって、目を逸らして言葉を返す。


「……大丈夫だ。その……心配かけてすまなかったな」


 そういうと、ヨハン、シモンの二人は首を振り、ほっとした表情を浮かべながら口々に安堵の言葉をつぶやいていた。


 一方、ペトロは頭を掻きながら申し訳なさそうに俯いて、弱々しく声をかけてきた。


「すまない、大丈夫、だったか?」


 その声は不安と心配に揺れており、先ほどまで圧倒的な存在だった者の発する声とはとても思えないものだった。

 だから、というわけではないが、何と言葉を返せばいいのかわからなかった。

 心の中で、母親が嗤っている気がする。

 彼の母はいつもそうだった。彼が情けなく前に進めないでいると、母親は豪快に笑って不安を全て吹き飛ばしてくれた。

 

 彼は、そんな母の存在を心の中で確かに感じて、一歩前に進む為に声を出した。


「俺は……弱いのでしょうか」


 声が震えていた。

 ここで弱いと断言されたなら、もう立ち上がれない心地だった。

 

 母親の想いを受け取って、今日まで必死に強くなろうと頑張ったつもりだった。

 同じ村のベズィーに勝てない事に悔し涙を流した事もあった。

 規格外なヨハンやシモンを目の当たりにして、それでも追いつける筈だと自分を鼓舞した。

 簡単に諦める訳にはいかなかったし、そんな事が許される訳がない。

 自分の人生は、もう自分だけのものではないのだから。


 だから、ペトロの答えを待たず、彼の目からは涙が零れていた。

 なんて情けないのだろう。どうして自分はこんなにも弱いのだろう。


 世界を渡り歩けるくらい強くならなくてはならないと、毎日自分に言い聞かせて生きてきたのに。


 そんな彼の姿が、ペトロにはどう映るのか。ペトロは考えながら口を開いた。


「何と言っていいか難しいのだけれど、今のままだと尖り過ぎていて戦いに向かないという感じだな」


 コギルの脳に疑問符が浮かんだ。

 構わずペトロは続ける。


「コギル、君はな、一人で頑張り過ぎたんだ。だから止まっている物に対して圧倒的な破壊力を発揮できるだろうけれど、動く相手になると途端に持ち味が出せなくなる」


 グサリと、何かが心臓に刺さった心地だった。


「それとな、君にはリズム感が全くない。これはさっきの話と重複するんだが、リズム感が無い事によって、相手のリズムに合わせる事も、裏切ることも出来ていない。原因として考えられるのは、多分、君の修練の主体が素振りなんだろうと思う。それでは生きて動いている相手と戦うのは難しいだろう。恐らく、相手の動きをよく見る狩人、この中ならケティルやベズィーが天敵なんじゃないかな」


 天敵、そう聞いて確かにそうだと納得した。

 ベズィーと模擬戦をするとき、いつも実力を発揮できなくて苛立つ感覚があったからだ。

 少しずつ納得していくコギルの顔を見て、ペトロは頷いてから言葉を続けた。


「これは言おうかどうしようか迷ったんだが」


 そう言って、じっとコギルを見据え、恐ろしい左目とは対照的に、右目は優しい目をしてペトロは続ける。


「君には戦闘のセンスがない。斧を振る才能が普通よりはあるが、その才能一つで勇者一行に加わるのは難しいだろう」


 その言葉はまるで、高速で首に落ちてくるギロチンの様だった。

 たった一瞬で自分の人生の終わりを告げられた、そんな絶望。

 青ざめるコギルに、ペトロは言葉を続ける。


「こう言うと、君は嫌かもしれないが、君は俺に似ているんだ」


 下手な同情でもしようとしているのだろうかと、コギルはペトロを見つめる。


「コギル、俺はな、恐らく君よりも才能がない。戦闘だけではなくて、全てにおいて才能がなかったんだ。だから、とにかく努力で乗り越えようと必死に生きてきた」


 独白のように続けるペトロの言葉に、いつしか他の人間達も耳を傾け始める。


「当時の俺には精一杯の努力だった。けれど、努力は所詮、足りないものを補う行為でしかない。根本的に足りないものが見えていなかった俺は、ずいぶんと遠回りをしてしまったもんさ」


 言って、ふと苦い笑顔になるペトロに、誰も何も言えないでいた。


「今思えば、ああしていれば、こうしていればって思う事ばかりだ。コギル、俺と君の違いはな」


 そう言って、ペトロはコギルに力強い視線を送りながら言う。


「終わった物語か、これから始まる物語かって事だ。君はまだこれから成長できる。才能の無い俺が、こうしていれば天才に並ぶ事ができたかもしれなかったと後悔しているすべてを君に託したい。もちろん、それは戦闘技法だけじゃなく、知識、戦略、物事の考え方、全てだ」


 そう言って、握手の形で手を差し出してくるペトロ。


「君の持ち味は才能の外にあると思う。図々しいお願いかもしれないが、そんな君だからこそ、俺の代わりに、ヨハンとシモンを支えてくれないだろうか」


 コギルは、差し出された手を見つめていた。

 その様子を一同は何も言わずに見ている。


 コギルは一瞬目を瞑り、自分の心の中にいる筈の母親に語り掛ける。


(母さん。俺は、どうすればいいんだろうか)


 語り掛けても、答えは帰ってこない。

 けれど、ふと母の姿が脳裏に浮かんだ。


 なんにでも前向きに挑戦し、成功させる母。

 その後ろ姿は、迷ったら前に進めと言っているように思えた。

 だから──。


「……俺の方からも、お願いします。師匠」


 そう言って、ペトロの手をギュッと掴んだ。

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