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才覚の形④

 駆け出したコギルのとった攻撃の選択は、水平に斧を打ち付けるという、自分がもっとも得意とする攻撃だった。

 

 一気に距離を詰めたコギルは、そのまま砂煙すら立てて軸足を踏ん張り、満身の力を込めて腰の回転をすべく斧を振りかぶる。

 行動に移ってみれば、先ほどまでの躊躇いは何だったのかという程にスムーズに動く体が、「獲った」と確信したかのようなその刹那、異変は起こった。


 間近にペトロの顔が大きく見えた、と思った次の瞬間、視界が青空に変化し、背中の衝撃が同時にやってきた。

 何が起こったのか理解できず、コギルは目をぱちくりとさせ、次いで驚きの表情となる。


 現状は、無様に地面に背をついて倒れているのである。

 そこに至った経緯を必死に思い出そうと渋面をつくるコギル。


 恐らく、ジャストミートの間合いになって、斧を振りかぶろうとしたときに、ペトロが動いたのだ。

 それも、後ろではなく前に。

 大股とはいえたった一歩だけである。

 それだけでペトロとコギルは、顔と顔が触れ合うほどの近い間合いとなり、結果的に振り上げた斧が近すぎて振れない状況に陥ったのだ。

 その状況に躊躇ったコギルの軸足をペトロは払った。

 ペトロが行ったそのたった二つの工程が、コギルの背を地面に着けたのである。

 

 コギルは、知らぬ間に眼がしらが熱くなって、悔しさで戦慄くような、それでいてどこか諦めてしまいたいという気持ちで力が抜けるような、不思議な感覚を味わっていた。


 戦場であれば既に首を切られているかもしれなかった。

 いや、死ぬ事自体は嫌じゃない。確かに死は怖いけれど、それでも激戦を繰り広げ、名のある名将としてコギルの名が轟くのであればそれでもいいと思っていた。


 けれど、これでは名もない雑兵の一人の死に方だ。

 それがコギルには耐えられなかった。

 いや、耐えられないのではない、許せないのだ。

 だから──


 彼は萎えて緩んでいた拳を握り直し、心が折れない様に歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がった。


 その様子を見てペトロはバックステップで距離をとる。

 その距離は、大人の身長二人分といったところか。

 

 そのペトロを睨みつけ、コギルは再び裂帛の気合と共に突進した。

 今度は袈裟切りに切り落とす斬撃だ。

 だが、これは悠々と避けられる。

 それから下からすくい上げる斬撃につなげ、横と言わず縦と言わずぶんぶんと振り回すコギル。

 対して、ペトロは実に冷静に回避をしていく。

 斧の風圧が、まるで団扇の風に見えるほど、その動きには余裕があった。

 その姿が悔しくて、コギルは速度を上げて切りかかるが、結果は変わらなかった。


 何度も何度もコギルが風を生み、その風に押されるように避けるペトロ。

 コギルの動きが疲れで鈍りだした頃、ペトロは再度バックステップで距離をとった。


 肩を上下させて息をするコギルに対し、ペトロはまるで近くを散歩してきたと言わんばかりの余裕である。

 コギルがその姿にイラつきを覚えたところで、ペトロが何気なく口を開いた。


「なるほど、大体わかった。次は打ち合いの動きを見ようか」

 そう言って軽く素振りをしたペトロは、瞬き一つの間に居離を詰め、剣先が見えない程の速度でコギルに剣を振り下ろした。


「こん……のお!!」


 全力でその剣をはじき返し、逆に連続で斧を振り回すように切りかかる。

 それを、ペトロは悉く剣で受けた。


 いや、受けたように見えるのは、恐らくこちらの何かを測るためであろうという事が分かる。

 大げさに弾かれたように体を逸らしているのは、斧から伝わる衝撃を全て逃がしているのだろう。

 その証拠に、剣に斧が当たった時に、こちらに伝わる反動がほとんどない。

 剣を当ててはいるが、実際は躱しているようなものだ。


 コギルにとって悔しいのは、ペトロが全てジャストミートの瞬間に正確に剣を当ててくる事である。

 それはまるでこちらの斧捌きが、児戯のようだと嘲笑われているような不快感だった。

 けれど、だからと言って斧を止めるわけにはいかない。全身全霊を込めて斧を振るい続ける。

 

 それは正に筋肉の限界を超えた動きだった。斧を振るう度に肘が軋み、腰が悲鳴を上げる。

 けれども、今のコギルは止まる訳にはいかなかった。何としてもペトロに一撃を当てるのだと歯を食いしばり、力ずくで斧を振り回す。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!」


 そして、雄叫びと共に斧を振り上げたその時、みぞおちにドスンと衝撃が走った。

 それは、ペトロの放った突きだった。

 軽く当てるようなその突きに、いかほどの力がこめられていたのか、コギルの肺の空気は全て体外に吐き出されてしまい、その結果酸素を失った脳は正常な動作をやめ、視界が端から白く染まっていく。


(まだだ……! まだ倒れる訳にはいかない……!!)


 そう思う心と裏腹に、足はガクガクと震え、コギルは産まれて初めて立つ生物のようによろよろと2、3歩前に進み、やがて崩れ落ちた。


 視界はどんどんと白く染まっていき、聞こえない筈の母の声が聞こえる気がする。


『負けちまったか、まあ、あんたの実力なんて大したことないって事さね』


 母の声は、若干の笑みを含んでいた。


(うる……せえよ。誰の為に頑張ってると思ってんだ)


 胸中で言い返したコギルに、唇を尖らせた様な母の声が聞こえてくる。


『あたしの為だっていいたいのかい? 違うだろ、コギル。あんたが頑張ってるのはさ』


 微睡む意識の中、母の声は、耳元で聞こえた気がした。


『あたし達二人の為、だろ?』




○○○



 雨の匂いがする。

 視界の先には暖炉があった。木造の家に暖かい暖炉。その光景には見覚えがあった


 ああ、これは記憶だ。

 この家に俺がいるって事は、きっとこの暖炉の隣の扉の先には母が居る。


 多分、この記憶は俺がもうすぐ10歳になるくらいの頃だった。

 あのどうしようもないくらい強いと思っていた母が、突然病で倒れてすぐの事だったと思う。


 正直、信じられなかった。

 俺の中で、母はこの世界で最強の存在で、俺の憧れの人だったからだ。


 俺は母のいる部屋の扉を開けて、ベッドに視線を向ける。

 本を読んでいた母がこちらに目をやり、左の頬を釣り上げてにやりと笑って言う。


「早かったじゃないか、コギル」


「今日は雨が来るから、早めに帰れっていわれた」


 耳を澄ませば、降り始めた雨の音が聞こえる。


「そうかい」


 言って母は本を閉じて、こちらをじっと見つめ、訊いた。


「何か言いたいことでもあるのかい?」 


 俺は、どんな時でも強くあろうとする母が大好きだった。

 俺がどちらかというと弱気で、何に対しても消極的なところがあるのに対して、母は貪欲になんでも挑戦するし、大体成功する。

 今読んでいた本だってそうだ。あれは、俺たちを捨てた父親が残していったものだ。

 俺なら忌々しい過去の事なんて忘れたいと思って、燃やして捨てるだろう。

 けれど、母は違った。

 母は元々字が読めなかったのだが、「この本、表紙がカッコイイから、読めたら私もカッコイイだろ?」と言って、どうやってかは知らないが、勉強して文字が読めるようになったらしい。


 母はその本を誰から貰ったかなど気にしていないのだ。

 過去にこだわらないし、大体の事に寛容だ。

 母のそういう姿や考え方を見るたびに、自分の器の小ささが嫌になると同時に、憧れる気持ちも大きくなった。


 そんな我が道をいく強き母が、ベッドで大人しくしているという事が、母の体を蝕む病魔が決して軽いものではないと物語っていた。


 母が、爛々と輝く力強い目をこちらに向けて、反応を待っている。

 素直に「大丈夫?」とか、「体調は?」とか、心配を口にすればいいのだけれど、この時の俺には、恥ずかしくてそれが出来なかった。

 真っすぐ見てくる母と視線を交わし続けるのも恥ずかしくて、目を逸らして言った。


「別に、なにもないけどさ……」


 俺はこんな自分が嫌だった。

 口数が少なくて、自分のやりたいことや感情を伝えるのが苦手だったんだ。

 本当はああしたい、こうしたい、っていう気持ちは強いけれど、それを誰かに伝える事も出来ずにただ黙って成り行きに従う。そんな弱くて情けない自分が嫌でしょうがないし、腹立たしかった。


 村の人々や、手伝いをさせてもらっている木こり達から「お前は無欲だな」とか、「いう事をよく聞くいい子だな」とか言われる度に腹が立った。


 違う、無欲なんじゃない、自分の欲しいものがあっても言えないだけだ。

 いい子なんじゃない、自分の意見を言えずに、飲み込んで従ってるだけだ。

 

 俺は本当の自分をもっと皆に知ってもらいたかった。

 それには自分から発信しなくてはならないから、今のままでは不可能であることも知っている。

 だから、毎日悔しかった。


 そんな俺の唯一の理解者である母が、目元を緩めながら口を開いた。


「あんたは本当に、気難しい子だからねえ。ほら、むくれた顔してないで、こっち向きな」


 むくれていただろうか。そう思って口元に手をやり、母の顔を向く。

 すると、一瞬意地悪な顔をした母がその後破顔一笑して、言葉を続けた。


「あんたはさ、このあたしがこの人生すべてを捧げてもいいって思えた、この世界唯一のいい男なんだから、もっと自信持ちなよ」


「……そんな事言われたって、自信の持ち方なんてわかんない」


 そう言うと、母はちょいちょいと手招きをし、その通りにベッドの傍らに行くと、乱暴に頭をなでくり回され、その上から言葉を浴びせられる。


「まったく、あたしがあんたと同じ歳ならねえ。嫁にでもなってあんたの弱い所を全部補ってやれるのにさあ」


 溜息がちに言う母に、俺は無性に恥ずかしくなって言い返す。


「嫁って……俺にだって、選ぶ権利があるよ」


 そうじゃない。母は俺の事が心配でそう言っているのだ。

 だから、安心させる為に「それもいいね」と軽口を叩くなり、「俺は大丈夫だよ」なりの言葉を返すべきだった。

 けれど、この時の俺は、嫁という言葉に過剰に反応して恥ずかしくなって、そんな余裕なんて無かった。


 そんな俺に、母は不敵な笑みを浮かべて言った。


「あたしが嫁になるって言ってるんだ。あたし以外を選べるだなんて思ってるのかい?」


 そう言った後、顔を近づけてくる。


「地の果てまで追いかけて、絶対にあたしを選ばせてみせるよ。残念だったね、あんたには選ぶ権利なんかない。だから諦めて私の夫になりな」


 耳まで真っ赤になってしまった俺は、混乱しながら慌てて言い返した。


「そんなこと言ったって、母さんはあいつの嫁になれなかったじゃないか!」


 その瞬間、母の目の種類が変わった。

 それはどこか遠くを見るような、それでいて、前ではなく後ろを見ているような、不思議な目だった。


「そうだね」


 そう言った母の声は、悲しみの色をしていた。

 失言だった。

 俺の耳まで登って来た血液は、寄せては返す波の様に一気に心臓まで引いていった心地だった。

 急激に集まった血液で胸が痛い。血を失った手足や頭が寒い。

 絶対に言ってはならない言葉だった。

 そう思った時には、母は今まで見せたことの無い表情で、天井を見ていた。


 その目は後悔とも違う、悲しみとも違う、俺には推察できない目をしていた。

 一つ言える事は、母が初めて見せた『弱々しい目』だった。

 その目を見ていると、俺の心臓は再び血液を頭に送り込みだした。

 ただし、さっきのような熱い血ではない。冷たく、ドロドロとした血だ。


「なれなかったんじゃなくて、ならなかったんだけどね。ま、同じことか」


 そう言った母の声も弱々しく聞こえて、俺は、思わず部屋を飛び出した。




 家から出た俺は、本降りに近くなった雨も気にせず斧を片手に、家の裏手にある林まで駆けだした。

 何か喚いていたかもしれない。その位、抑えきれない何かが俺を動かしていた。


 そして林に着くなり、俺は斧を振り回した。

 普段やっている素振りと違う点は、振り方が無茶苦茶だって事だ。


 一時間も斧を乱暴に振り回していると、俺の頭は真っ白になって、目からは熱い何かが流れ出して、口からは悲鳴とも雄叫びともつかないものが溢れ出た。


 雨もだんだんひどくなり、雷まで鳴り始め、最早嵐というところで俺は何かに躓いてドロドロの地面に顔から倒れ込んだ。

 歯を食いしばって顔を上げる俺。

 その顔の泥を落としていくのは、どこまでも強くなっていく雨か、それとも己の涙か。

 

「くそ! くそ! くそ!!」


 歯を食いしばったまま、歯の隙間から吐き出すように悪態をつきながら、それでも俺は立ち上がって斧を振るう。

 

 しかし、斧は泥ですべってしまって手からすっぽ抜け、弧を描いて前方の大地に突き立った。


 俺は許せなかった。

 母にあんな顔をさせた自分に、そして何より。

 あんな顔をさせる原因となった男が。


 俺は母といる時が幸せだった。

 一緒に走って、一緒に何かを作って、一緒に食べて。

 母と一緒なら、何をしていても幸せを感じられた。

 そんな母には幸せになって欲しいと思ったし、俺が絶対に幸せにしてやるとも思っていた。

 でも、あいつが居る限り、母はあの顔になってしまう。

 許せない。この世界で唯一俺の理解者で居てくれる母に、あんな顔をさせるあいつが、絶対に許せない。


 憎しみは力になり、体を震わせるように漲ってくる。

 俺はその力を目に込めて突き立った斧を睨み、そちらに向かって一歩一歩、疲労で壊れそうな体を引きずる様に向かっていく。


「許せない……母さんを捨てたクソ野郎を……絶対に……絶対に……」


 口から呪詛のようにぶつぶつと呟き、一歩一歩進んで行く。

 雨と風が俺を引き留めるように向かってくるが、自分の人生そのものを燃料に動く俺が、そんなものに負ける筈なんて無かった。


 そして、俺はついにとうとう斧の下に到着し、手を伸ばす。


「絶対に……殺してやる……」


 その声は、雨の中にあって、泥よりも粘度の高い言葉として自分に絡みついたのだった。



〇〇〇


 それから一年程経った頃。

 ついに母はベッドから殆ど動けなくなった。


 俺は木こりの手伝いをしながら、それ以外の時間を母の看病か、強くなるための素振りに全てを使っていた。


 ある日、母の看病をしていた時だ。

 母はこちらを見て言った。


「あんたは弱い男だね」


 言われて、ムッとする感情はなかった。

 どうしてそんな事を言うのだろうという気持ちの方が大きかったからだ。


 母の体は、最早骨と皮だけというくらいに痩せてしまって、頬もこけてしまっている。

 目の下は大きなクマができており、もう先が長くないようにも見えそうなものだが、不思議な事に、まだまだ大丈夫だと周りに感じさせるのが母の凄いところだ。


 原因は目だろう。

 母は数か月前から喀血するようになり、その血も明るい色ではなく、黒ずんだ血を口から吐き、体は立ち上がる事すら難しい程にやせ細っているに関わらず、その目はとても病人には見えなかった。

 爛爛と輝き、強い意思を感じさせる目は、それだけ見るとこれから魔王を倒しにいく、と言い出しても不思議でない程に活力にあふれていた。


 そんな目をこちらに向けた母が、体を起こしながら言う。


「あんた、バカな事を考えてるだろ」


「……なんだよ。バカな事って」


 俺はしらを切ったが、母にはわかっているようだった。

 母がもしこのまま命を落としたなら、俺は父親を殺しに行こうと思っていた。

 多分、それは普通に難しいだろう。

 村の事しか知らない俺が、都会の貴族を探す事すら難しいというのに、それを殺害するなんて成功するはずがなかった。

 けれど、それでも、俺はそうしなければ前に進めないと思ったんだ。

 だが、母はそれを見抜いた上で、困ったような顔を一瞬して、その後柔らかく微笑み、言う。


「そうだねえ。あんたは弱くて、バカな男なんだ。けれど、あたしがこの人生で唯一惚れ込んだ男でもある。だから、人生を溝に捨てるような事を辞めて欲しいんだよ」


 そう言われた時、俺は、体の内側から何かが溢れて止まらなかった。


「……ずるいだろ! そんな事言われてもさあ! そんなこと言うなら!」


 溢れる気持ちと涙の波に押されながら、弱々しく呟くように口から本心が漏れる。


「……ずっと、一緒に居てくれよ。俺は母さんが居れば、何もいらないよ……」


 自分自身に聞こえるか聞こえないかの小さな声だったそれを、母はちゃんと聞き取ったのだろう。

 溜息一つ付いて、手招きをしてくる。

 ベッドの傍に寄った俺に、母はその力強い目を向けて語りだした。


「人生ってのはね、航海みたいなもんなのさ。あんたも自分の船に乗った船長なんだけど、その船はボロボロで、みすぼらしいもんだ。悪いね、あたしは貧しいから、そんな船しか用意できなかった」


 言って、ニヤリと笑いかけてくる母。つられて、俺も少しだけ笑顔になる。


「対して、あんたの父親の船は大きいよ。でも、あいつは親から貰った船で満足しているつまらない男さ。そんな男の船に、あんたはボロボロの船で突っ込もうとしてる。結果はわかるだろ? あんたの船が壊れて終わりさ。そんな人生、なにが楽しいんだい?」


 そういって、試すような、意地悪な目をしてこちらを見る母。

 俺はつい反論しそうになって口を尖らせ、そのまま押し黙った。

 その様子に、深めのため息を付いた母が、激しく咳き込んで喀血する。

 心配になった俺は手を差し伸べるが、母はそれを制し、口から流れるどす黒い血を乱暴に拭いながら言う。


「どうやら、あたしの船は、もうすぐ駄目になっちまうみたいだね」


 それは、俺が何も考えられなくなる程度には衝撃的な言葉だった。

 涙が浮かび、何かを喋ろうとする俺の口元に、母はピンと立てた人差し指を当て、制止する。

 そして、片目を瞑ってまるで内緒話でもするように言った。


「なあ、コギル。あたしをあんたの船に乗せてくれないかい?」


 どうやって、そう思った俺を見透かすように、母はこちらの口元を制していた指を俺の左胸、心臓の部分にとん、と立てた。


「あたしは船から降りる。だから、あたしを乗せて、楽しい場所を、綺麗な景色を、沢山見せて欲しい。駄目かい?」


 そう言って小首を傾げて訊いてくる母。

 言葉に詰まって何も言えないでいる俺に、母はにこりと笑って言葉を続ける。


「それでさ、もっともっと豪華な船にしていこうじゃないか。そしてあんたの父親の隣に船をつけて、こう言ってやろうじゃないか」


 母は大げさに手を広げる。


「見ろ! コギルの船はこんなに立派になったぞ! それを捨てたあんたはどうだい! 随分とみすぼらしい船に乗ってるじゃないか! あんたのパパはさぞかしご立派たったんだろうねえ! って、見下ろして笑ってやろうじゃないか。その方が絶対楽しい。その船路にあたしを連れてって欲しいんだ。悪くないだろ?」


 言いながら咳き込み、ドロリとした血を忌々しそうに睨みつけて、次いで血の付いた手でそのまま俺の頭を撫でる母。


「世界はきっと広いよ、コギル。あたしはね、まだまだ見たい景色があるんだ。あんたが船長なら、安心して進んで行けるってもんさ。あたしはラッキーだね」


 明るく振舞う母になんとか応えたくて、俺は、涙声になりながらも頑張って笑顔を作ってを言った。


「航海で例えられても、船も海も見た事ないから、ピンとこないよ」


 その俺に、母はニヤリと笑って、俺の心臓の部分に拳を当てて言った。


「あたしに世界を見せてくれ。これから頼むよ、船長」


 そして、その翌日。

 母は息を引き取った。

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