才覚の形②
─初訓練:コギル・バーナード編─
ペトロ家の庭で、コギルは緊張の面持ちで立っていた。
いや、緊張しているのはコギルだけではなかった。
この場には数日の内に帰るという話だったケティルやピュズリも居たし、勿論ヨハンとシモンも居る。
そしてアブセンスからやって来たベズィー、トーアーサ、ポルルといった面々である。
コギルの目から見て、顔に緊張を貼り付けているのは、トーアーサとポルル、そして何故かケティルもだった。
ピュズリは緊張している息子に笑顔で話しかけており、ベズィーはヨハン、シモンと談笑している。
コギルは、落ち着かない自分をなんとかしようと、斧の素振りをしてみたりしたが、心はざわついたままだった。
なにせ、仮にも勇者一行に加わった英雄の一人が師事してくれるというのに、面と向かって不信感をぶつけたのだ。
勿論その場は平静を装ったが、その日の夜は色々考えてしまってさすがに眠れなかった。
常識的に考えて失礼だと思うし、ペトロにどう思われたのだろうかと心配にもなった。
また、ヨハンやシモンとの仲にも溝が出来るのではないかと変な方向に考えが及んでしまい、不安と羞恥で身じろぎが止まらなかった。
けれど、コギルの本心としては、尊敬するケティルの下でヨハン、シモンを交えて訓練を積むのが理想だと思っているのは事実である。
焦ってもしようがないとは思うのだが、いつまで経ってもベズィーとの戦闘能力の開きが埋まらなくて、不安なのだ。
そんな時にヨハンやシモンの存在が現れたのである。
村を出るなら、この程度は実力が必要だと言われている気がして、でも、ヨハンやシモンの実力を間近で見た身としては、どうしても並んで立つイメージがつかなくて。
そんな弱い自分が嫌で、だけれど、物事は一足飛びに進むものではないとわかっているつもりだった。
だから少しでも堅実に、今までの最高の教育を続けさせて欲しいと思っていた。
コギルがぎゅっと両の拳を握り締めた頃、ペトロが現れた。
ペトロは長袖のシャツを着ており、左腕だけ腕まくりしているという変わった格好だった。
右腕には茶色の皮手袋をしており、数日一緒に過ごして聞いた話では、右腕に傷跡があり、それを隠しているのだそうだ。
そのペトロの左手にはヨハン達が贈った杖が握られており、足も怪我をしているらしく、杖を頼りに歩いている様相だった。
これから戦闘の指導を受けるというのに、その様子は些か不安ではあるが、ペトロは気にした風もなく杖をヨハンに手渡し、木剣を握って軽く振っている。
一同が、どういう訓練を始めるのかとペトロの一挙手一投足に注目していた。
ペトロは、そんな視線などないものの様に気軽な様子で「よし」と何かを確認して、口を開いた。
「じゃあ、まずは君たちの実力を見てみよう。模擬戦でもして、体を温めようか」
その言葉は、寧ろ緊張を場にもたらした。
勿論コギルもそうだ。
気になっていたのは、いや、寧ろ疑念にすら感じているのはペトロの実力の程である。
更に言えば、指導に足る知見があるかどうかという所であった。
この点で言えば今まで指導をしてきたケティルは、実力も知見も備わっているのだが、教え方が感覚的な所があったり、知見が偏っていたりと感じる事が多かった。
ベズィーはそれでも問題なく吸収していくし、ケティルの得意とする狩人の分野がベズィーの強みであるから、指導の密度が高いように感じた。
それに引き換え、トーアーサやコギルにとってはわからないと感じる事が多く、特に自分の弱点や癖などは、いくら頑張ってみても自分では気づけないことが多い気がしているのだが、その辺りは特に指導は無かった。
といって、ケティルは決してコーチとして無能なわけではない。
多数の強敵と対峙し、戦ってきた経験から、どういう攻撃が有効か、どういう力の流れが強いのかという知見はしっかりと持っている。
果たしてペトロが、ケティルを超える知見を有しているのかと全員が、いや、少なくともコギルとトーアーサは目を光らせた。
そんな思惑を知ってか知らずか、ペトロは微笑みを浮かべてコギルに視線を向け、言う。
「じゃあ、コギル。君からいこうか。獲物は斧か?」
その声に、コギルは練習用の木斧を手に取りながら答える。
「はい」
だが、ペトロは気楽に手を振って驚くべきことを口にした。
「練習用の木製斧か、重さが違うだろ。普段実践で使っている斧でいい。勿論こっちは木剣を使うから安心しろ」
「しかし……」
躊躇するこちらを手で制したペトロは、なんでもない事のように言う。
「重さというのは重要なんだ。特に斧や大剣、メイスなどはな。武器の遠心力を利用した動き、つまり重さを利用した動きなんかが多くなる。軽い木での動きを見たって、その人の実力の一部しかわからないからな」
もっともらしい理屈。けれど、これはある意味で嘗められているともとれる発言でもある。
つまり、練習用の安全に配慮された武器を使わなくても、どうせ傷つける事などできないから実践で使う武器でこい。
彼はそう言っているに等しいのだ。
コギルは、無言で薪割りなどで使う斧を手にし、軽く振り、そして口を開いた。
「怪我しても知りませんよ」
特に言葉を返すでもないペトロ。ふとヨハンとシモンに視線を向けると、なぜかにやにやとした顔をしてこちらを見ていた。
それが少し気に入らないと感じたコギルは、憮然とした顔になり、ヨハンたちに言う。
「悪いな、お前たちの父親をボコボコにしてしまうかもしれない」
そう言って笑ってみたが、ヨハンとシモンの表情は変わらなかった。
生暖かいような、そんな笑顔を浮かべている。
不思議なことに、ケティルやピュズリも似たような表情なのが気にかかる。
けれど、コギルにも意地があったし、十分に努力してきた自負があった。
来る日も来る日も斧を振るい、毎日腕が上がらなくなるまで素振りをした。
いつか自分の父親を見返すその日まで、そう思ってどんな厳しい訓練にも耐えてきた。
その覚悟でできた体は、もはや一撃で木を切り倒すほどの境地に達しており、村の木こりたちでは到底適わない領域に達しているのである。
そんな自分が嘗められるわけにはいかなかった。今までの努力を嗤われたくなかった。
だからこそコギルは、どういう一撃を与えようかとシミュレーションしながら斧を構える。
ペトロもその覇気に気づいただろう。足を肩幅に開き、右手に握った木剣をだらりとさせながら、構えとは言えないが、隙のない立ち方で待っている。
そんな二人の中間に、ピュズリが無造作にやってきて言った。
「いいねえ、久々にいいもんが見れそうだねえ、あたしが審判してやるから、しっかりやんな!」
そして、コギルの方を向いて言う。
「ペトロの実力はあたしが保証してやる。全力でぶつかってみるといいさ」
「……はい」
その答えを聞いたピュズリが、この模擬戦闘の開始を宣言する。
「はじめ!」




