才覚の形
面談から数日経ち、今日から子供たちに稽古をつけるという流れとなった。
そんな中、俺は今ベッドに腰かけて、杖を撫でている。
思わず見入ってしまいそうなその杖は、ヨハンとシモンからの贈り物だった。
石突の部分は銀で覆われており、そこから漆黒の本体が伸びている。
材質はわからないが、かなり硬く魔力を通す木材の様子で、それを漆で黒くコーティングされており、仕上がりがとても丁寧で、黒が光を反射して輝いている。
杖の長さ自体は、大人の身長より低いくらいのもので、そして杖の中央よりも上、手に持つ場所となる辺りに銀のグリップが両手で握っても余りある程度の長さで取り付けられており、握った感じも重く、高級感があった。
そして上部先端部分には、銀で出来た二匹の蛇が、一般的にイメージする「とぐろを巻く」の上下逆をしている。つまり、形としてはお椀に近い形だ。
その上にこれまた銀で出来た球体が乗っているのである。
球体の大きさは、手で覆える程度の大きさで、恐らく元々ステッキの頭の部分として造られていたものではないかと推察された。
作りも丁寧で見事だが、素材も素晴らしい。
色々な場所を旅したが、こんなにも魔力の通りの良い材質は中々ない。
いや、ミスリルと同等くらいの伝導率なのではないかと思われる。
だが、少し気になる点がある。
二匹の蛇だ。
(この世界のどこかに知識の杖の伝承でもあるのだろうか。それにしても、因果なものだな……)
人知れず胸中で呟いた俺は、その蛇の意匠の部分を指先で軽く撫で、次いで立ち上がって姿見の前に立った。
俺の左手には、銀と黒が光り輝く杖がまばゆいばかりに存在しており、俺は目を細めて溜息をつく。
杖なんて魔力がある程度増幅されればなんでもいいなんて思っていたが、これは考えを改める必要がありそうだ。
もしこの杖よりもカタログスペックがいい杖があったとしても、俺はこの子供たちから貰った杖を使いたい。
この杖になら命を預けてもいいと思えるし、人生を共に歩みたいと思える。
結局、性能がどう優れていたとしても使う人間は才能のない俺なのだ。
自分自身の性能をより高めるスパイスが入ったこの杖が、きっと俺にとって最高の杖なのではないかと思う。
そうして、子供たちに貰った杖をニヤニヤしながら眺めていると、控えめなノックがドアから聞こえる。
俺は、鏡から目を離さず「どうぞ」と声だけをかけた。
すると、鏡に屈強な男が映りこみ、苦笑交じりの声が聞こえてきた。
「よっぽど気に入ったんだな、それ」
ケティルだった。振り返らずに返事をする。
「ああ、俺はこの杖のためなら死ねる気がする」
俺の言葉がおかしかったのか、ケティルは笑みを深めながら、近くにあった椅子を引き寄せて座り、真剣な顔を作ってから言った。
「なあ、うちの村の子供達なんだがな。あいつらは強くなれそうか?」
あまりに変な問いだと思い、胸中で眉根を寄せる俺だが、気持ちはわかる。
彼は不安なのかもしれない。
「まだ稽古も始まってないからなんとも言えないが、お前が才能があると見込んだ子達なんだろう?」
「ああ、そうなんだが……」
もごもごとするケティル。
俺は彼の方を向き、両手を広げて言う。
「何かあるなら言って欲しいな」
すると、彼はまるで犯罪者が罪を告白するときのように、肩に何かが乗っているかのように下を向いて語り始めた。
「ベズィーは問題ねえんだ。あいつの才能は群を抜いてる。ポルルもだ、精霊魔法の最高の使い手が師事してんだ、間違いなんてあるわけねえ」
そこで彼は言葉を一旦区切り、こちらに目を向けてから言葉を続けた。
「問題はコギルとトーアーサだ。コギルも絶対に才能あると思うんだが、何か焦ってやがるし、実際伸び悩んでる。俺もなんとかしてやりてえんだが、どう教えればいいのかさっぱりでな……」
「トーアーサもか?」
「ああ。あいつも、顔には出さねえが相当焦ってる。両親譲りのナイフの腕はかなりのものだし、ナイフに対しての思い入れも強いから上達してるはずなんだ。だけどな……」
「武器の弱さ、って事か」
「……ああ」
この世界には魔力が存在する。
そして魔力を纏うと、まるで鎧を着ているかの如く、いや、それ以上の防御力を発揮する。
さらに鎧を着たなら、最早「切って倒す」なんて事は困難になるだろう。
動物など、魔力の無い生き物ならいざ知らず、魔物、魔族、人間、そういった魔力を使用する相手に切る事でダメージを与える事がメインのナイフは不利だ。
勿論戦場にナイフ、つまり短剣を持つ者も多いが、それは携帯しやすいサブウェポン(予備武器)という扱いだったり、戦闘ではなく行軍中に何かを切ったりするのに便利だからという扱いだ。
つまり、トーアーサには才能があるけれど、結局弱い武器の才能なので伸び代がないと言いたいのだろう。
不謹慎かもしれないが、少し親近感を感じる。
何も才能が無くて、どんな武器でもいいからとがむしゃらに修練して、どの武器を使っても才能ある人間には敵わない俺と、才能があるがその武器が弱く、どれだけ修練して極めても、他の武器の天才には敵わない、つまり実践では弱いトーアーサ。
奇しくも、俺に好意的ではない二人が伸び悩んでいるのか。
いや、伸び悩んでいるからこそ、俺なんかに指導されるのが不満なのだろう。
そして、目の前の屈強な男も、子供たちの未来を背負っているからこそ、不安でたまらないのだろう。
ケティルは優秀な戦士だ。けれど、だからといって優秀な指導者かというとそうでもないだろう。
彼は、才能があるのだ。だから、伸び悩む人間がどうやって次のステップに向かうかがわからないのだ。
俺は、ケティルの肩に手を置き、安心させるように言った。
「任せろ。俺だって、伊逹に凡才の身で勇者一行に加わったわけではない事を見せてやるさ」
俺の目を見たケティルは、笑って頷いたのだった。




