面談②
─ポルル・ハルビャルナルソンの場合─
「あの、ポルルです。えっと、僕は精霊について学びたいと思っています」
俺は資料に軽く目を落とした後、視線を上げて彼の様子を見てみる。
父親譲りの緑の髪をした、若干おどおどした様子のある子供である。
けれど、その赤い目は意思の強さを十分に感じさせる深みを有しており、その様子だけで心が弱いと判断してはいけないという事を感じさせる何かがあった。
俺は思いついた疑問を口にした。
「何故、精霊を学びたいと?」
「……ペトロさんは、精霊魔法に詳しいんですよね」
こちらの質問に対して、確認の様に聞いてくるポルル。
何か専門的な話をしようとしているのだろうか。
魔法を学ぶ過程で、様々な種族の魔法について研究もしているが、詳しいといえるかどうかはわからない。
精霊魔法を使うのは基本的にエルフ族のみ。いや、もしかするとエルフ以外にもいるかもしれないが俺は知らない。
そしてエルフは基本的に人間社会とは一線を引いている。
これはドワーフが人間社会にて差別を受けている事も関連しているのだが……。
つまり、俺は精霊魔法について語る相手が今まで殆どいなかったのだ。
「いや、俺自身が精霊魔法を使えないからな、詳しいかどうかはわからないが」
「……そうですか」
残念そうにうつむくポルルは、それでも真っすぐに俺に視線を向けて言葉を続けた。
「僕には時々声が聞こえるんです。悔しそうというか、悲しそうというか、辛そうな……。きっと、それが精霊さんの正体だと思うんです」
俺はふと考える。
以前ピュズリや、ピュズリの故郷のエルフ達に協力してもらって色々研究し、精霊魔法については一定の仮設を立ててはいる。
だが、声が聞こえるのは初めての意見だった。
俺の胸中では思考が止めどなく溢れ出す。
(内なる声か。それはユング心理学におけるペルソナ(他人に見せる為に表に出す人格、仮面)が複数存在するという事なのか、それともシャドウ(様々な要因で自分が出来なかった事)に対する深層心理の欲望に簡単な人格を割り当てているのだろうか。そうすると解離性同一性障害(以前は多重人格と呼ばれていた障害)に近いという事だろうか)
これは面白くなるかもしれない、と思ってしまっている俺がいた。
笑顔になりかけた俺は、慌てて憮然とした表情を貼り付ける。
目の前の子供が本気で悩んでいる事を面白いなんて。
研究者としてはどうかわからないが、少なくとも人として最低だ。
俺の顔は、憮然とした表情から眉間に皺を寄せたしかめっ面に変わっていた。
その一人百面相をどう受け止めたのかはわからないが、ポルルが口を開いた。
「僕は精霊の事を知って、できれば解放してあげたいんです。その為にペトロさんからも色々学びたいし、村では学べない事を、旅をして得たいと思っています」
そこで彼は言葉を切り、ソファから立ち上がった。
そして勢いよく頭を下げて言う。
「お願いします! 図々しいかもしれませんが、僕に色々教えてください!」
それは、あまりにも真っすぐだった。
真っすぐにこちらの胸に突き刺さり、真っすぐに突き抜けていく。
俺はあまりにも真っすぐな心を持つ彼に、口を半開きにして呆ける事しか出来ないでいた。
こんなにも悩みにちゃんと向き合って、それを克服しようと前向きに歩んでいける子供に、俺の様な情けない人生を送ってきた人間が敵う筈がなかった。
だから、俺はいつの間にか立ち上がって、手を差し伸べていた。
「ポルル。旅は危険だから、戦闘訓練も受けてもらう。そして勿論座学で君の使う精霊魔法について、俺なりに叩き込むつもりだ。厳しい事も言うかもしれないが、よろしくな」
「……はい!」
彼、ポルル・ハルビャルナルソンは差し伸べた手を握り、この握手をもって面談は終了した。
─コギル・バーナードの場合─
「コギル・バーナードです。木こりや農業の手伝いをしています」
言葉少なげに、こちらに見定める様な視線を向けてくる青年。
髪はオールバックにしており、体格は大きいが、決して筋肉質ではない様子だった。
顔も田舎育ちの荒々しさの中に、線の細さが見え隠れする美青年、といった感じだ。
少し引っかかる態度だなと思いつつも、俺は資料に目を落としながら問いかけてみる。
「斧の使い方を見出されて、今はケティルの指導を受けているらしいな。凄いじゃないか」
この言葉に、彼は固い声で言った。
「それなりに努力してるんで」
「そうか」
会話が続かない。
俺は人見知りではないが、居心地が悪い。
多分だが、このコギルという青年は俺の事をあまり快く思っていない気がする。
だけれど、こういう時に話しやすい雰囲気を作り、よりよい結果を得られる道しるべを作るのが大人の役割だと思う。
子供は、先の未来よりも今の気持ちに左右されてしまうものだ。
そして後になって、あの時ああしていればと後悔する。
それを何度も繰り返して、自分の欲求を抑えてよりよい選択や態度をする重要さに気付いていくのである。
今だって、コギルは嘘でもにこにこしていた方が得な筈だ。俺に好かれても嫌われてもどっちでもいいだろうけれど、どうせなら好かれた方が楽だし得になるかもしれない。
少なくとも嫌われて得るものなどない筈だ。
そうできないのは、そこに自分の気持ちが介入しているからだろう。
といって、何もどんな時でも自分の気持ちを一旦脇に置いて、大人の対応をする人間になれと言いたい訳ではない、そんな極論ではなくて、割合の話だ。
自分を貫く時は貫いていい。けれど、こんなところで貫く必要はないだろうとは思うのである。
そう考えると、碌な人生経験もないのに、その辺りをわきまえている節のあるヨハンはまさに化け物だな。
思わず苦笑が漏れた。思考も脇道に逸れつつあったが、本筋に戻しつつ、核心を突く言葉を投げてみる事にする。
「コギル・バーナード。君は俺の事が気に入らないのか?」
あまりにストレートな問いだったからだろう。目の前の青年は少し目を見開いてこちらを見ていた。
彼はどう答えようか迷ったのか、2、3度口を小さく開閉させて、ぐっと唇を結び、それから言葉を発した。
「俺は、一番年上なんです」
そういえばそうだな、とこちらが胸中で頷いていると、彼は言葉を続ける。
「だから、みんなを守らなきゃいけないんです。俺はペトロさん、あんたが勇者一行に加わっていたと聞いてるけど、あんたの実力を知らない。そんなあんたに全てを任せるより、ヨハンもシモンも、ケティル村長に指導を受けた方が絶対にいいと思ってる」
なるほど、見誤っていた。
こんなところで自分を貫く必要がないと俺は思っていたが、彼にとってはここでこそ自分を貫かなければならないと思ったのだろう。
彼の胸中は、硬く握られた両の拳が物語っている。
彼は決して不遜な人物でも、自意識過剰な人物でもない事が嬉しくて、思わず微笑んでしまいそうになって、慌てて表情筋に力を入れる。
彼は、優しく、責任感が強いのだろう。
魔物や危険生物が跋扈する外の世界の危険性をよくわかっているからこそ、最善を尽くさなければならないと考えている。
ヨハンやシモンが旅立つのは一年後だ。この一年で誰から何を受け取るかで、未来に大きく影響を及ぼすと危機感を感じているのだろう。
こういう人物がヨハンやシモンの傍に居てくれたなら心強い。
戦力どうこうではなくて、俺はコギルの人間性に好感を持った。
だから、まずは感謝を伝えたい。
「そうか。君の気持ちはわかった。そして、そこまでヨハンやシモンの事を想ってくれている事にお礼を言いたい、ありがとう」
真っすぐ彼を見据えて言う俺に、動揺した様な顔をするコギル。
俺は続けて言う。
「確かにケティルは強い、それに彼は戦闘能力だけじゃなく、行軍における大事な役割をいくつも担うに足る人物だ。ケティルはとても才能溢れる人物だと思う。少し尖っているが勿論ピュズリもな」
言いながら、昔の二人を思い出す。
ケティルは食糧調達の難しい土地でも、毒性のある生き物から毒を抜き、食料に変える魔法の様な存在だったし、険しい森でも決して迷わない優れた方向感覚を持っていた。
戦闘能力は勇者一行の中で高い方ではなかったものの、総合的に見ると重要度のとても高い人物だった。
ピュズリは精霊魔法という人間には扱えない魔法を使える稀有な存在であったし、その扱いがエルフの中でも上手いという事だった。
彼女の価値は、魔法使いの中で群を抜くスタミナだ。
魔法を使う、魔力を行使するという行動は、本来とても疲労感の伴う行為である。
戦闘中などは極度の興奮状態なのでそこまで疲労を感じなかったとしても、一旦戦闘が終了するとその疲労が体にのしかかってくるものなのだが、エルフの精霊魔法は疲労の割合が低いのである。
だから、ピュズリは連戦に強く、魔法という大技を連発しつつも継戦能力が高いという他の人間にはないものを持っているといえた。
そんな二人と比べて、自分はどうだったか。
それを考えると気持ちが暗くなってしまいそうで嫌になる。
俺には何も才能が無かった。なぜ勇者一行に入れたかというと、そこそこの戦闘能力と実績、そして幸運にも貴族の推薦を得られたからでしかない。
他にはない何かなんて持っていない。あるとすれば異世界転生してきた知識だが、それも異端だ変だと言われて端に追いやられる。
近しい仲間達は理解してくれたり、理解しようと努力してくれたりするのだが、それは別に勇者一行の旅の助けになっていた訳じゃない。
クビになって当然だ。けれど、そんな俺だからこそ、この子達に出来ることはある。
「俺は確かに勇者一行に加わっていたが、役には立てなかった。才能がなかったんだ。けれど、だからこそ伝える事が出来るものもあると思う。だから、一カ月でいい、少し俺の指導も受けてみないか?」
俺の言葉に、コギルは考えるような顔をした。
俺はどうしてこんなに一所懸命に口説こうとしているのだろう、と疑問に思いながらも、もう一押ししてみる事にした。
「試してみて、君が駄目だと感じたら全員ケティルの下に行かせていい。俺からもケティルに頼んでおく。それでどうだ?」
俺の説得に、コギルが渋々頷いて面談は終了した。
─トーアーサ・ウェイクの場合─
ソファには、眠そうな目をした少女が座っている。
彼女は入ってきてソファに座ってから、どこか幼さの残るその口元を微動だにさせず、何も話さなかった。
こちらから話を切り出してみる。
「トーアーサは、どうして旅に出たいんだ?」
「私的な理由です」
「そうか、その理由を聞いても?」
「お断りします」
彼女の言葉は鋭い刀の様な切れ味でもって、遠慮なくこちらの言葉を切ってくる。
俺は話の角度を変えようとした。
「……すまん、変な事を聞いたな。料理が得意なんだって?」
「はい」
「得意料理はなんだ? ちなみに俺はシチューだ」
「答えたくありません」
うん、とても話しづらい。
けれど、やっぱり大人としてリードしていく必要があるだろう。
「旅は危険も伴う。料理以外に好きな事や、得意な事はあるか?」
「別に」
彼女の表情は変わらないが、目の奥に冷たいものを感じた。
それはコギルの時に感じた熱いものではなくて、もっと冷たい何かだ。
これを読み解かなくては話が進まない気がする。
「……えーっと、何か気に障る事言ったかな」
「別に」
「俺に教わるのは、嫌か?」
そこで彼女は少し考えた素振りを見せた。
そして言う。
「ペトロさんは、勇者一行で料理を担当していたんですか?」
「いや、そういう訳じゃない。料理も近しい人間には振舞っていたし、何か力になりたくて料理を手伝ってはいたけれど。勇者達は戦闘に特化した者が多くてな、俺も一応は、戦闘要員で加入したんだ。料理要員は冒険者協会に外注する事が多かったかな」
俺の回答に、彼女は「ふうん」と気の無い返事をし、言葉を続けた。
「ヨハンからペトロさんは料理がうまいと聞きました。だから料理の腕前だけで勇者に加わったと思ったのに、違ったんですね」
言葉に何か含みがあるような気がして、引っかかった。
「残念か?」
「そうでもないですけど、確かにちょっとは残念かも。どうやって勇者一行を騙して加入したんだろうって思ってましたから。料理が出来るなら、そういう方法で加入したのかもって思えるし」
聞き捨てならない言葉が飛び出した。
俺は誰かを騙して何かをしたつもりはない。
……いやまあ、勇者一行からすると、俺の実力の低さは騙された心地だったかもしれないが。
頭を抱えそうになった俺に、彼女は構わず言葉を続けた。
「私はみんなと違って、街に住んでいた事があります。あなたは『あの』ペトロ・マーダーですよね。噂は聞いてます。名前を変えて世間を騙しているつもりかもしれませんけど、自分の子供まで騙して尊敬させるのはよくないと思います」
何も言い返せなかった。それ以前に、頭が真っ白になってしまった。
そこまで自分の評判が悪いとは思っていなかったのだ。
俺なりに頑張って生きてきたつもりだし、勇者達の役に立とうと力を尽くした気持ちでいたのだが。
その人生の結果をこんな年端のいかない少女に見下される事になるなんて思いもよらなかった。
正直言うと、かなり心にきた。今夜は枕を濡らす自信がある。
俺が何も言えずにいると、彼女は席を立ち、言った。
「ヨハンとシモンは才能に恵まれてる。私は一緒に旅をしたいと思ってる。でもあなたの事は信用できない。だからこれからの一年間どんな教育するのか、あなたを見張ります。変な事をしたら私の命に代えても全員をあなたから守って逃がすので、そのつもりで」
そう言って彼女は部屋から去り、俺は扉の閉まる音と共に頭を抱え。
面談は終了したのだった。




