帰省③
ヨハンは声のした方を見やる。
そこには、確かにペトロのような存在が立っていた。
だが、一年近く会っていなかったとはいえ、その様相に違和感がある。
こちらが何も言えずに黙していると、彼は鎧の魔物の傍らまで歩いてきた。
その歩く姿に違和感の正体が存在した。
片足を引きずる様に歩くペトロ。確かにペトロは足に怪我を負っていたから、そこは不自然ではない。
だが、少し視線を上げると、右手にだけ革の手袋をしていて、逞しい両腕が存在したのだ。
ヨハンは記憶を遡ってみるが、ペトロは右手の肘から先を失っているはずである。
更に視線を上げると、失った筈の左目が存在し、極めつけは目と髪の色が記憶と違った。
記憶の中のペトロは黒髪黒目である。目の前に今居るペトロは、鎧の魔物と同じ真っ白な髪を後ろで括っており、黄金の目は左側の瞳孔がまるで猫のように縦のスリット状になっているのである。
驚いて固まるヨハン。そして同じように驚きの表情をしたシモンが声を発した。
「お父様……その姿は?」
ペトロは、一瞬目を瞬かせてから何かを思い出したように苦笑いを浮かべて口を開く。
「色々あってな。中で話そう。ケティルとピュズリも、あと、奥で隠れている4人も家に入ってくれ」
その言葉に、まだ警戒を解いていいのかわからないでいるケティルは疑問を口にする。
「気配を察知したのか? あいつら結構うまく隠れてたと思うんだがな?」
ペトロは笑って言った。
「確かに、一人存在感を消すのがとんでもなくうまい奴がいるな。弓を抱えてるから、お前の弟子か何かか?」
「……そこまでわかるのかよ、まるで見えてるみてえだな。おい! おめえら出てこい!」
ケティルに呼びかけられ、全員がペトロ家の前で集結する。
一人、ベズィーが変な顔をしていた。
ペトロもその顔に気付き、問う様な視線を向けると、ベズィーは意外な疑問を口にした。
「えっと、おじさんって動物学者の人ですよね。ヨハンくんのお父さんって、学者さんだったの?」
最後はヨハンに向けての質問だった。
なぜそんな勘違いをするのかわからず、ただただ驚くばかりだ。
どういう事か聞こうとヨハンが口を開くより先に、ペトロが応えた。
「ああ、君は確か町で会った事があるな。親子で動物の生態について話していた子だったか。大きくなったな」
これに、ベズィーは笑顔を浮かべて答える。
「はい! あの時頂いた本は今でも大切にしています!」
その会話に、今まで黙ってたピュズリが参加する。
「やっぱりあんたがこの子に本を渡した相手だったんだねえ。なんだってそんな本を持ち歩いてたんだい?」
「いや、少々必要な道具があってな。本は高く売れると思っていくつか街に持って行ったんだが、定食屋ですごく面白い話をしていたから、ついな」
「つい、で見ず知らずの親子に高級品を渡すんじゃないよ。どんな本を渡したんだい?」
「確か、動物の図鑑一冊と、生態の研究が記載された本一冊だな」
ベズィーは、顔を輝かせた。
「特に図鑑は擦り切れるほど読んでます!」
「そりゃよかった。興味あれば関係する書物は何冊かある、読んでみるか?」
「ぜひ!」
太陽もかくやと輝きの笑顔となったベズィーに、その光を受けて優しく道を照らす月の様な顔をするペトロ。
もはや警戒などという雰囲気ではなくなった。
ヨハンはもとより、シモンもケティルも肩の力を吸い取られたような心地で呆然としていた。
ピュズリが溜息がちにペトロに向かって口を開く。
「こっちも積る話があるってのに、聞きたい事が目白押しじゃないか。色々聞かせてもらえるんだろうね?」
シモンは抜かれた肩の力を取り戻し、ペトロに言う。
「お父様の体に何が起きているのかも知りたいし、この魔物が何者なのかについても聞きたいです、お父様」
ヨハンも概ね同じ疑問を持っていた為、同意するように頷くと、ペトロは少し困ったような顔をして言った。
「そうか、わかった。中に入って話そう」
そう言って家の中に入っていくペトロと鎧の魔物。
想像していた感動の再開と現実は、全く違ったようだ。
ヨハンはシモンに目くばせし、二人で頷きあってから、懐かしい家に足を踏み入れた。




