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1人と1体の生活③

「どういう理由があるんです?」


 そう言うチェルシーの顔は、状況を排せば美人の笑顔だった。

 むしろ年齢を考えると、不自然な部分で美しすぎると言ってもいい。

 チェルシーの年齢は俺の1つ上、つまり45歳なのだが、 老いて尚という事ではなく、20代前半で時が止まっているかのような様相なのだ。

 40代には40代なりの美しさ、例えば幸福な人生を感じさせる目尻の皺や、長い年月体を守って来た事を感じさせる少し弛みの見える皮膚など、箱を開けたばかりの新品の綺麗さではなく、使い込んだ結果生まれる深い美しさ。

 彼女にその美しさが不自然なほどにない。

 恐らく彼女の年齢を知らなければ、誰に聞いても20代だと思う事だろう。

 人によっては10代後半だと思うかもしれなかった。


 この不自然な若さは、恐らく彼女の細胞が発生させる膨大な魔力に起因する。

 興味深い例としては、この国の初代国王は膨大な魔力を持っていたと記されており、読んだ数々の書物からの情報を総合すると、国王の座に150年は就いていて、退位する様子を記した書物によると、その姿はまだ若々しかったように書かれている。 

 因みにこの国の平均寿命は男性も女性も70歳となっているが、この世界の医療や化学の具合は、転生前の世界なら人生50年と言われていた時代のそれだ。

 恐らく魔力が関係してやや長寿なのだろう。


 俺の研究でもまだ正解はわかっていないが、魔力が活性酸素を不活性化させたりと、何かあるのだとは思う。

 ともあれ、魔王の血液を輸血したり、魔王の手足を移植する事でなんとか一般よりも魔力を持てるようになった俺の容姿は、44歳にしては少し若いかもしれない程度のものだろう。

 容姿でさえも生まれ持った才能の差を見せつけられるとは、なんとも残酷な事である。

 しかし、チェルシーに見惚れている場合ではない。俺は傍らにいる白銀の存在に向かって声を掛けた。


「リリィ、嫌かもしれないが、ヘルムをとって見せてくれ」


 言われて、リリィは腰のポーチに手を伸ばした。

 その手を制止するように、俺は再び声を出す。


「顔は作らなくていい。ありのままを見せてくれないか」


 すると、リリィはこちらに顔を向けてヘルム越しに見つめてくる。

 その仕草は何を意味するのか。

 問いかけるような雰囲気を感じた俺は、安心してもらうように努めて優しく声を掛ける。


「大丈夫、みんな信頼できる人物だ。きっと受け入れてくれるさ」


 少し無責任で自分勝手な発言に聞こえてしまうだろうか。俺は一人でも多く、信頼できる相手にリリィを知ってもらう必要があると思っているが、彼女はそうは思っていないかもしれない。

 そんな俺の不安を他所に、彼女の首から「カシュ」という空気が抜けるような音がし、髪が乱れるのを嫌がってか、彼女はゆっくりとヘルムを脱いだ。


 その下から現れたのは、美しい白の頭髪を備えた骸骨だった。

 刹那、椅子を倒す音と共に、ギヨーム村長の声が大きく響いた。


「魔物!? どういうつもりだペトロ殿!!」


 チェルシーも立ち上がっており、少し右を前に出した半身になっていつでも動けるように警戒している様子だった。

 そのチェルシーはじっとリリィの顔を見つめ、ちらりとこちらに視線を向けた後、目を瞑って一つ溜息をつき、倒してしまった椅子を起こしてゆっくりと座った。


 その様子が信じられないのか、ギヨーム村長はまるでチェルシーを非難するように声を荒らげる。


「どうしてそんなに落ち着いていられるんだ! 魔物だぞ! 私には魔力を感じる事は敵わないが、このような立派な鎧を付けた魔物となれば、村を滅ぼすほどの存在かもしれないぞ!」


 それに対しての答えは、目の覚める程美しい、彼女の真顔から聞こえてきた。


「私も策謀や悪意を予測、感知する技能は学びましたが、魔力を感知する能力はありません。人間相手の争いが主でしたので。けれども、この者から悪意は感じませんし、なによりペトロの連れです。彼は私を害する事はしませんので」


 その不思議な信頼に、ギヨーム村長は食い下がる。


「それは根拠のないただの勘ではないのか!?」


 そして、こちらを指さして言葉を続けた。


「第一、私もペトロ殿は善人だと信じているが、信用を裏切る人間などいくらでもいるだろう!」


 本人を目の前にしてよく言えるな、と少し感心してしまった。

 チェルシーは彼の事を友達が居ないと評していたが、多分そういう素直なところがよくないのかもしれない。

 この村の村長一家は貴族の系譜なのだが、その家族教育でこの人間が出来上がるのだとしたら、彼ら一族は貴族には向かない一族だったのかもしれない。

 そんなギヨーム村長に、チェルシーは再びまるで氷像のように透明で美しく、儚く、それでいて触れるとこちらの手が凍りつきそうな顔で応えた。


「まずは座りましょう。もう一度言いますが、彼は私を守る事はあっても、害する事は絶対にありませんから、そこは信用してください。それでも信用できないなら、どうぞ出ていってくださいね」


 有無を言わさぬその物言いに、村長は従う様だ。

 それに、本当の顔になった彼女は美しさの裏にかなりの威圧感がある。それをその身に受けるのは、相当な胆力が必要なのだ。


 俺は、意図せず呟いていた。


「相変わらず怖いくらいに美しいな。いや、怖くて美しい、かな」


 その言葉に、ハッとした顔を一瞬覗かせるチェルシー。

 これは過去、実際彼女に言った事のある表現だった。

 彼女は本気で何かに取り組むという事が少ない。何をやっても才能があって、まさに文武両道だった。

 教育係が歴史を教えてもすぐに覚えてしまうし、騎士に剣技を教わってもすぐに覚えてしまう。

 だから、彼女は常に暖かく柔らかい笑みを浮かべていた。

 けれど、本気になった本当の彼女の表情は。


 感情をまるで感じさせず、まるでこちらの目の中を見る様に深く鋭利で、皮膚の内側をも見透かしそうな目。

 皺ひとつなく、何が起きても動きそうにない、温度を失ったかのような冷たい表情。

 薄く微笑むような口元は、こちらの考えを読んで笑っているように映る。


 何を考えているのか微塵も分からず、何をされるのか慄かずにいられない。そんな計り知れない恐ろしさを持ちながら、見る者の目を釘付けにして、決して目を離すことができなくなるほどに美しい。

 それがチェルシーの本当の顔だった。

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