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1人と1体の生活②

 俺とリリィはオーティウムの村を歩く。

 最初は目的地などなく散歩のつもりだったのだが、薬農家をやっているチェルシーの所にリリィを紹介しに行こうと思い、そちらに足を向けている。

 革靴が踏み鳴らされた地面を叩く音の隣で、硬質な鉄の靴が地面を叩く音がしている。

 リリィの身長は高くないし、小柄ではあるけれど、鎧自体は着る事を前提としてない作りになっているから、100キロを超えている。

 普通の全身鎧は20キロから30キロだったと記憶しているから、その質量は異常ともいえるだろう。

 リリィの本体は骨だけのスケルトンであるから、10キロに満たない体重とはいえ、合わせて110キロである。これが重さを感じさせない動きをしているのは、ひとえにリリィの魔力量が多いからだ。

 リリィの横顔に目を向ける。

 やはり、そのヘルムの奥で何を想い、何を感じ、何を考えているのかはわからない。

 彼女には感情があると確信しているが、それが人間と同じかどうかはわからない。

 けれど、何事も理解しようとしなければ永遠にわからない。

 理解する努力を続けよう。きっと、まだまだ時間はあるのだから。




 チェルシーの家に着いた俺たちは、連れ立って扉の前に立ち、ノッカーをコンコンとやる。

 そのノッカーの音と共に、俺は少し声を張って呼びかける。


「チェルシー、ペトロだ」


 その刹那、後ろで金属製の何かが盛大に落下した音が響いた。

 振り返って見ると、そこには、驚いた顔をしたチェルシーが居た。

 その姿は畑仕事をしていたのか、オーバーオールに首元にはタオルを引っ掛けている。

 手は何かを持っていた痕跡を残したまま、何故か戦慄くように震えていた。

 足元には手に持っていたものだろう、大きな鍋と、その中には薬草と思しき草が入っており、落とした拍子に蓋は転がってしまった様だ。

 驚く表情で固まっている彼女は、タイトルを付けるとしたら「そんなバカな」だろうか。目を見開いて固まっている。

 そんな彼女に俺は片手を上げて挨拶の代わりとし、突然の訪問の謝罪をした。


「すまん、忙しかったか?」


 その言葉にチェルシーは、はっとした表情を一瞬。そして笑顔となり言葉を返してきた。


「……いえ、少し驚きまして。ひさしぶりですね、ペトロ」


「久しぶり、チェルシー」


「それで?」


「ああ、用件は──」


「そこのご令嬢はどなた?」


 体感気温が数度下がった。

 これは決して気のせいではない、チェルシーから溢れる魔力が、環境に干渉しているのだ。

 つまりどういう事かというと、彼女の機嫌がものすごく悪い。

 忙しい時間帯だったのだろうか、出直すべきだろうか。

 笑顔のチェルシーをじっと見つめてみるが、そこには答えは載っていなかった。

 いや、むしろこちらに選択権など無かったことが、チェルシーの口から答えとしてもたらされた。


「詳しい話は、中で聞きましょうか」


「……わかった」


 俺は連行される思いで、チェルシーが開けてくれた玄関の扉をくぐった。


 


 玄関を入ると、チェルシーが木製のコートスタンドを指さし「外套はそこに」と案内してくれる。

 それに対して「ありがとう」と答えてからじっと立っているリリィに言う。


「ほら、外套を脱ぐんだ」


 少し嫌がる素振りを見せるリリィに、俺は重ねて言う。


「家の中では外套を脱ぐものだ」


 言いながら、俺はリリィのポンチョのボタンを外し始める。

 それを見たチェルシーが、またも目を剝き、掠れた声を絞り出した。


「……そ、そうですか。そうなんですね。へえ、そういう事ですか」


 どういう事なんだ? と聞きたいが、聞いてはいけないようなナニカを感じる。

 ここは黙っていよう。


 そうして、リビングに通されたとき、もう一人の存在を見つけた。


「ギヨーム村長。どうしてここに?」


 俺の声に、優雅にティーカップを傾けていたギヨーム村長は一旦ティーカップを置き、腕を組んでから応える。


「おお、ペトロ殿。いやいやチェルシー嬢の淹れる茶が格別でな、時折こうして振舞って貰っておるのだよ」


 その言葉に、チェルシーは笑顔で続ける。


「この人、本当に空気が読めない人なんです。私が『それでは、私は畑仕事がありますから』と言ったのに、『構わぬ、気にせず作業するがよい』といって居座るんですよ?」


 情景が容易に浮かんできて苦笑する俺とは対照的に、ギヨーム村長は驚愕の表情でチェルシーに向かって声をあげた。


「バカな!! 何かおかしいのか!?」


「畑仕事がありますから、は帰れって事です」


「ならそう言ってくれれば……いや! なるほど貴族の作法か!」


「いえ、一般常識です」


 ギヨーム村長はテーブルに両の拳を叩きつけ、絞り出すように言う。


「……どうしてだ! 私は仲良くしようと心がけているのに……!!」


「そんなだから友達ができないんですよ」


 これでもかというほどの正論を浴びたギヨーム村長は、最早身を震わせることしかできなかった。

 その間に俺とリリィはテーブルの椅子に掛けさせてもらう。

 リリィの重量が椅子を壊してしまわないかと不安だったが、洒落たデザインの割には強固に造られた椅子なのだろう、その椅子は軋みの音一つなくリリィの質量を支えてみせた。

 その様子を見て、チェルシーはこちらに顔を向けて言う。


「それで?」


 また、気温が数度下がった。

 ギヨーム村長も、その異変に驚いたようにきょろきょろと視線を右往左往させる。

 殺気に近い何かを孕んだチェルシーの顔から、言葉が紡がれる。


「その部屋に入ってもヘルムを脱がない、無作法なご令嬢はどなたですか?」


 温度に加えて、圧迫感が訪れた。

 ギヨーム村長は怯えた子犬の様な目をチェルシーに向けている。

 

 確かに、ヘルムを脱げと指示しなかったのは失策だったかもしれない。

 チェルシーがここまで礼儀にうるさいとは思わなかった。

 少なくとも、帽子を取らなかったくらいで殺気を浴びせる程とは微塵も想像していなかった。

 ちらりと『令嬢』と呼ばれたリリィの方を見る。

 全身鎧を着ているが確かに肩幅も狭く、丸みを帯びており、一見して女性とわかる。

 極めつけはヘルムに収まりきらず腰まで伸びている白い髪だろうか。

 そんな彼女は、チェルシーの威圧的な殺気に対して何も感じていないかのように微動だにしない。

 むしろ、そんな態度がチェルシーにとって腹立たしいのだろう、気温はもはや寒いと感じる程まで下がっており、これから殺し合いが始まると言っても納得できそうなほどの殺気が空間を支配している。

 ギヨーム村長の手足は、もはや生まれたての小鹿のようにブルブルと震えている。

 俺は一刻も早く事態を収拾すべく、口を開いた。


「チェルシー、無作法をはたらいて悪かった。少し事情があるんだ、許してほしい」


 チェルシーの目はこちらを向く。すると更に体感温度が下がった気がして、正直に言うと怖かった。

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