子供たちと森の主㉝
ケティルはため息を付くピュズリに目をやり、次いでヨハンに向かって質問を投げてくる。
「それで、その巨木がペトロについて言っていた事が気になるって事だよな」
ヨハンは会話を楽しむ顔から真面目な顔にもどし、答えた。
「はい。まず、父上の事をテンセイシャだと言っていました。それと、レーヴァテインなる最強の武器を所有しているとも」
これにハルビャルナルソン夫婦は揃って考える姿勢をとる。
答えたのはピュズリだった。
「聞いたことないねぇ。武器にしたって、幼馴染から貰ったとかいう剣を後生大事に使っていたしねえ」
ケティルも頷いて言う。
「ああ、あれは相当な業物だとは思うが、その程度だ。最強ってほどでもねえな。杖もしっくりくるものが中々なくてコロコロ変わってたしな」
ヨハンはケティルに視線を定め、言う。
「テンセイシャについてはどうですか」
「いや、聞いたことねえな」
そこに、シモンが異論を上げた。
「そんなはずないよ!」
その声に、ケティルは驚いて再び眉根を寄せて考えている様子だ。
ヨハンは告げる。
「僕もシモンも、そしてケティルさんも耳にしているはずです。僕は、一生忘れることなんてできません」
ヨハンのその言い方に、ケティルも思い当たったのか、その顔に理解の色が浮かぶ。
「まさか、あの時……すまねえ、あの男の言葉はよく聞こえてなかったんだ」
「僕は一言一句覚えています。父上があの黒髪の男に『テンセイシャか』と呼びかけ、相手は『へえ、よくわかったね、おっさん。おっさんもテンセイシャ……なわけないか、弱そうだもんなおっさん』と返していました」
記憶と共に憎しみ、悔しさ、悲しみも蘇る。人知れず、ヨハンは震えるほどに拳を握り締めていた。
そう、ペトロの腕や目を奪った憎き相手の言葉だった。
その場にはケティルも居たが、確かに黄金のスケルトンと戦闘しており、こちらの会話は聞こえていなかったのかもしれない。
ヨハンは続ける。止めどなく溢れる濁流のような疑問とそれに対する答えが、口から流れ落ちていくような感覚だった。
「その男は、魔法陣の浮かばない僕達には理解できない魔法を使っていました。そして、よく使っていたのが障壁を出す魔法。それをシモンが破ろうとしたとき、こう言っていました」
示し合わせたように、その時の言葉をシモンが続ける。
「神からもらったこの壁は絶対ぬけねえよ」
しん、と場の空気が一段階重くなった気がした。
その空気の中で、もがいて先に進むかのように、ヨハンは言葉を続ける。
「父上は、何かを教えてくれる時によく『この世界では』という表現をします。僕もシモンも、変な表現ではあると思いましたが、あまり気にしていませんでした。ですが、今回の森で得た情報、黒髪の男と戦った時の情報、今までの状況から、僕は一つの推測をしています」
シモンも頷いている。恐らく同じ結論に達したのだろう。
「父上は、別の世界から来た存在ではないかと思います」
刹那、机を叩く音が響き、ケティルが立ち上がって怒鳴る。
「あり得ねえ!! あいつは、あいつは俺たちと同じように苦しんで、戦って生きてきた! 俺たちと同じ人間なんだ! 違う世界の存在? ふざけんな! お前らあいつがどれだけ人間くさい奴か知らねえのか!」
「ケティル! 落ち着きな!」
止めたのはピュズリだった。
鋭い目でヨハンを見やるピュズリ。流石にその気迫は一般の人間の比ではなく、ヨハンですら喉を鳴らして唾を飲み込む思いだった。
そのピュズリが、優しいような、詰問するような、そんな硬いとも柔らかいともつかない声で言う。
「一番裏切られたと感じるのは、子供であるヨハンとシモンさね。さあ、あんたの考えを続けな。最後まで聞いてやるよ」
「……ありがとうございます」
空気の重さが変質した。
もはや夕食を口に運ぶ者などこの場にはいない。
もし何かを口に運んだとしても、それがどれだけ美味しい食べ物でも、何の味もしなくなるのではかろうかという空気に包まれている。
だけれど、ヨハンは勇気を出して続けた。
「僕は、父上が天に住まう者だったと考えています」
ケティルが、睨みつけながら聞いてくる。
「あいつが、神だったって事か?」
ヨハンは首を振る。
「それは分かりません。ただ、黒髪の男の発言から、なんらか神の力を振るえる立場にあったものかと思います。または、この世界における魔物のように造られた、つまり神によって何らかの思惑で創造されたのか」
ふと、ベズィー達に視線を向ける。この話が始まるまでは楽しそうにしていたベズィー達だが、今や緊張の面持ちでヨハンに視線を向けていた。
幸いなのは、皆ヨハンに対して好意的で、ヨハンの話を真剣に聞いてくれている様子だった。
ヨハンは言葉を続ける。
「テンセイシャとは、天に生きる者、もしくは天で生まれた者。天生者という事ではないかと推測しています。つまり、父上は天界、神の住まう世界にいたと考えています」
なるほど、という声が聞こえた。ピュズリからだった。
ピュズリは、机に片ひじをつき、手に顎を乗せて、怪しい笑顔をしている。
その顔は、魔王が何かを企むとしたらこんな顔だと思わせるような、深い考慮と迫力を備えているように見えた。
そんなピュズリが聞いてくる。
「確かにペトロは異質だ。普通じゃ思いもつかない考えをしてるし、この世界じゃなくて神様の世界から来たんだって思えば、そうなのかってなる。じゃあ、なんでペトロはその神の世界に帰らないんだい? まさか物見遊山でこの世界に来たって事じゃないんだろ?」
「それには、推測される事がいくつかあります。帰らないのではなく、帰れないのではないかと」
「なんだい、神様ってのもケチだね。片道切符だったって事かい?」
「それは考えにくいです。来れるなら、帰れる筈。でも帰れないのだとすれば、帰ってはいけない理由があると思います」
「じゃあ、それはなんだってんだい」
「きっとそれは……」
ヨハンは一度目を瞑り、再び意思ある目でピュズリを見据えて言った。
「恐らく僕とシモンです」




