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子供たちと森の主㉜

〇〇〇


 森を出たヨハン達は、途中何度か襲撃に合いつつも、順調に帰路につく事が出来た。

 とはいっても、木材をロープで括り、馬に引かせて運ぶ事にしたため、来る時よりも時間はかかったが。

 アブセンスの村に到着した時は、旅というストレスから解放された安堵で、皆一様に表情を緩めていた。


 そうして、村長宅に到着した時、ポルルが先導して玄関の扉を開けると、ピュズリがまたも仁王立ちで待ち構えており、「よく帰ったね!」と迎えてくれた。

 ケティルも出てきて、こちらの様子を見るなり「激戦があったようだな、無事でよかった」と労ってくれた。

 恐らく、装備の損耗を一目で見抜き、そこからどのような戦いがあったかを推測したのだろう。

 これにはヨハンもシモンも、流石は元勇者一行に参加した英雄だと舌を巻いたものである。


 そうして、荷ほどきも終え、ハルビャルナルソン一家の夕食にヨハン、シモン、ベズィー、コギル、トーアーサを加えてもらって今回の報告を行った。


 ゴブリン襲撃の失敗談はハルビャルナルソン夫婦も笑って聞いてくれ、ヨハンとシモンが馬や資材を駄目にしたことを謝ると、ピュズリは「細かい事言うんじゃないよ」と笑い、ケティルは「大怪我にならなくてよかった」と胸をなでおろした。

 そして、最後には森で起きた事を説明した。

 ピュズリは、珍しく申し訳なさそうに眉を八の字にして謝罪を口にする。


「そんな事が……あたしはてっきり、ただの魔物の無法地帯か、悪くても魔族の下っ端が支配してる程度だと思ってたけれど……危険な目に合わせてしまった。悪かったね、みんな」


 その言葉に、ヨハンも含めて一行は首を横に振り、口々に言った。

 ヨハンは「いえ、元は僕とシモンの我儘ですから」と言い、コギル達は「楽しかった」「いい勉強になりました」「興味深い食材もあった」と肯定的な意見を述べる。

 

 そして、ケティルは手に入れた素材について言及した。


「しかし、持ち帰ったあれはすげえな。見た事ない木材だが、どう加工するんだ?」


 ピュズリが考える様に目を細め、その後いたずらめいた笑顔となり、ケティルに言う。


「あんた、町まで行ってあの偏屈野郎に加工を依頼してきなよ。なに、あんな奴でも勇者一行の武器整備をしてたんだ、腕は確かだろ」


 それに対しケティルは、少し嫌な顔をして返答をした。


「まあ、いいけどよ。俺あいつ苦手なんだよなあ。ああそれと、あの木材で短杖は勿体なくねえか?」


「そうだね、長杖の方がいいかもしれないねぇ。もともとペトロも長杖を使ってたんだ、勿体ないしそうした方が喜ぶかもしれないけれど」


 ピュズリはそう言って考える素振りをしてから、こちらに向かって「どうだい?」と問うてきた。

 これに関しては伝える事がある。ヨハンはピュズリとケティルに向かって口を開いた。


「戦闘で使う事に重きを置くに足る素材だと思いますので、是非長杖でお願いします。それと杖なのですが、森の主さんの要望として、小さくてもいいから装飾に二匹の蛇が絡まった意匠をいれて欲しいと言っていました」


 ケティルは不思議そうに「蛇?」と眉根を寄せたが、特に思い当たる事や異論はないらしく、承諾してくれた様子だった。


 そしてここから、森の存在達の話に以降していく。まず口火を切ったのは、ピュズリだった。


「しかし、ハイブフェアリーは人里離れれば見かける存在だけど、しゃべる白い大蛇に、同じくしゃべるクロヒョウ、更にはどういう原理でしゃべってるかわからない巨木ねえ。あんた達の言葉じゃなきゃ、にわかに信じられない存在だねえ」


 魔物の事なので少し興奮したベズィーが会話に加わる。


「やっぱり喋るって奇妙ですよね! 進化の過程を考えたら、喋る個体に比べて喋れない個体は生き残りにくいから結果的に全体的に喋れるようになった、と考えるのが普通ですけど、どういう経緯で進化したのか私、気になります!」


 この発言にハルビャルナルソン夫婦は揃って目を瞬かせる。

 ケティルは信じられないものを見る目でベズィーに問う。


「お前……その知識どこで」


「元々は自分で考えました! きっかけは、草原にたまにいるキリンってなんで首が長いんだろうっていう疑問からでした。上の方にある餌を獲る為? って思ったけど、逆かなって、首の短い個体は生き残れなかったから、生き残った首がちょっと長い個体が交配して、その中でも更に上の方の餌に届く個体が生き残って子供を残してって感じかなって」


 興奮が続くベズィーに、ピュズリが呆れたように口を開く。


「それは王都で動物や魔物を研究している者くらいしか知らない考え方だよ。すでに田舎学者を超えてる見識だねぇ……」


 ベズィーは、その言葉に更に興奮する。


「そうなんですか!? でも、きっと人間社会でも起こり得ますよ。例えば背の低い人が男女ともにモテなくて、背の高い人ばかり子供を作ったなら、偏った交配の結果、品種改変がおき、いずれ歴史的に見れば進化と呼べるほどの変化が起きると思います!」


 ケティルは少し訝し気に言葉を吐く。


「その知識、確かに独学なんだろうけど、誰かヒントを与えた者がいるのか?」


「はい、何年か前にお父さんの狩った獲物を販売するので町に連れて行ってもらったことがあったんです。その時に、定食屋さんで動物に詳しい方と知り合って、本を貰いました。本って高級なものらしくて、お父さんが慌ててましたけど」


 ハルビャルナルソン夫婦は目を合わせ、何かを悟ったようだ。

 ピュズリは呆れたような、感心したようなふうに言う。


「それは王都最先端の知識が書かれた本かもしれないね、それを理解できるどころか、自力でその理論に達したあんたは天才かもしれないね」


 ベズィーが照れたように頭を掻く。

 水を差すかもしれないから黙っていたが、やはり興味深い話題だと考えて、ヨハンは口を挟む事にした。


「けれど、それは動物の話です。動物は環境によって淘汰され、群れ、またはその地域の種族として進化と呼べる変化を世代を超えて行うものです。つまり、種族が環境に適応していく事を進化と言うのでしょう。ですが、魔物は考えが逆です」


 またも目を瞬かせるハルビャルナルソン夫婦。これに加えてベズィーが煌めくような目をしてじっと見つめてくる。

 ヨハンは言葉を続けた。


「魔物は、原則的に造られた存在です。創造主がこうあれと望んだ生態をしています。そしてこの創造主は、基本的に周辺環境を己の意のままに変化させることを望んで魔物を発生させるそうです。つまり、熱い場所に冷気を吐く魔物、危険な生物の居る場所にそれを淘汰する強い魔物、人語を話す者の居ない場所に人語を話す魔物。環境の変化に順応した動物と、環境を変化させる目的で造られた魔物は、根本的に異なるもの、と考えられます」


 この意見にベズィーは目を輝かせた。


「え! すごい! でもそれだと確かに大蛇さんやクロヒョウさんが喋る説明がつく! 喋れない個体が淘汰されたんじゃなくて、そもそも喋る存在として創造されたって事!? じゃあもう何でもありだね! つまり! 妄想の数だけ魔物が居るってことかな!」


「妄想の数だけ……確かに言い得て妙だ。そうなるね」


 盛り上がりを見せる二人の会話に、ややげんなりしたピュズリが投げやりに声をかけてくる。


「それはペトロ理論だね? 王都の研究者もなにもかもすっ飛ばしてる考えだから、多分誰にも理解できないぶっ飛んだもんさ。人に話すときは気を付けな。わたしだってあの男の頭の中はこれっぽっちも理解できやしないよ」


 ピュズリの言葉に、ヨハンとベズィーは残念そうに「えー」と不満の声をあげ、ピュズリは深い、肺よりも深い場所から押し上げてくるため息を吐いたのだった。

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