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子供たちと森の主㉘

 その大蛇は舌をチロチロと出し入れしながら、こちらを見下ろしている。

 主とやらの存在がどのようなものかはわからないが、少なくとも妖精もその主の命令は知っているのか、言い分があると言いたげに口を開いた。


「でも、トリスメギストス以外は食べていいでしょ」

「食べていいでしょ」


 この言葉に、ヨハンは割って入る。


「駄目だ。もしそのつもりなら、僕はどんな手を使ってでもこの森を焼き尽くす。少なくとも、この場にいる全員は殺すよ」


 呼吸が早くなる、鼓動が早鐘の様に鳴っている。

 口から出している言葉は不穏なもので、それを伝えるのも余裕を持った声を意識しているが、本当は怖かった。

 けれど、相手はこちらの命を奪う事が容易だと思っているから、こちらの意見など関係なく話しを進めようとするのだ。

 つまり、ヨハン達など鬱陶しい事を言うなら殺してしまえばいい。そう思っている。

 この立ち位置を覆すのは2種類だ。有益な何かを持っている、味方になってもらう必要があるなどの理由でこちらの命に価値を見出してもらう方法。ただそれはこちらの扱いについてはどうなるかわからない。命さえあればいいのであれば、手足を奪って拘束した方が簡単だからだ。次に、命を奪う事が容易ではない、むしろこちらの気分次第で大きな被害が出るぞと思わせる方法。この相手を害する能力が拮抗した場合、お互いに一定の配慮をする必要があるので扱いについても多少は改善が見込める。

 これらはどちらか片方だけではなく、両方を同時に進める必要がある。

 立ち位置を定めて、優位な、少なくともこちらが圧倒的に下に扱われない場所を得てから話し合いや交渉を始めなくてはならない。

 だからヨハンは、相手にとって自分達の有益さを示せるかどうかを探りながらも、殺すつもりなら報復する、こちらの機嫌を損ねるとそれなりの被害がでるぞ、と牽制しているのである。

 だが、大人びているとは言ってもヨハンは13歳の少年である。

 それに、これまで村の外れで生活していた事もあり、他人と積極的に関わるようになったのは最近の事だった。

 それが種族も文化も価値観も、何もかもが異なる相手と対面して、何かを間違うと恐らくこちらの命など簡単に奪っていく話し合いの矢面に立っている。

 正直に言うと、荷が重いと感じていた。肩にのしかかる全員の命と尊厳。 

 だけれど、これを誰かに背負わせるわけにはいかないと感じていた。

 誰かのせいで奪われるのは、ある意味において楽な事だ。行動するのも自分ではなく、恨む対象も自分ではない。

 だけれど、自分のせいで誰かの何かが奪われるのは、逃げ場がない。例え奪われた本人から許しを得たとしても、その罪悪感から逃れる術はない。

 その圧倒的にリスクのある場所に、他の誰かを立たせるわけにはいかない、そんな思いでヨハンは震えそうになる足を抑えて一歩前に進み出ているのである。

 その思いをどう受け取ったか、傍らのシモンが不敵な笑みを浮かべて妖精に向かって口を開いた。


「じゃあ、取り敢えず手始めにそこのハイブフェアリーさんを潰せばいいかな」


 その言葉が終わるや否や、シモンの周りの空気が変質した。

 熱気、シモンの体内で循環する魔力があまりにも膨大で、環境に干渉をはじめたのだ。

 シモンが左手に持っている剣は、まるで陽炎が包んでいるように剣身が歪んで見える。

 対して、妖精はそれを禍々しい嗤いを顔に貼り付けて見ているだけで、動きはしない。


 不穏な静寂が訪れた。

 ヨハンは頭の中で整理する。相手が行ったのはまずは威嚇。魔力ある者達で周囲を囲み、そしていつでも命を奪うと言葉で示してきたのだ。

 そして、それを止めてやるから主なる者の下への同行に従え、というテンプレートな威圧交渉をしてきている。

 相手が最初から仕組んでいたのかどうかではなく、現時点でそうなっているのである。

 だからシモンは、丁寧に相手に寄り添った対応をしたのだ。

 こちらも武力を示し、そしてこちらの命を奪うという脅しに、じゃあ先にこちらが奪うからそれから考えろと言い返したのだ。

 こうする事で、同行に従うかどうかはこちらの気分次第だ、と相手に示している。

 ここで長引かせると実際に血が流れる。その覚悟をもって、いや、自分が血を流す覚悟をもってシモンが前に出たのだ。この機を逃すわけにはいかなかった。

 じっとりと濡れた背中の汗に不快感を覚えながら、ヨハンは言葉を紡ぐ。


「シモン、やめろ、僕達は争いに来たわけじゃない。ただ、罠かもしれないというお誘いに応じるのは難しい。どうすればいいでしょうね」

 

 最後は大蛇に向けてである。

 その言葉に、大蛇は口を開けてわずかに口角を上げた。笑ったのだろうか。


「なるほど、舌戦も出来るというわけか。賢しいな、ニンゲンよ」


「ありがとう」


「ただ、主はニンゲンが嫌いでな、どうするべきか伺ってみるから少し待て」


「わかったよ。君の言う通り待つ。ただ、ここで待つのは落ち着かない。一度森を出てもいいかな?」


「……なるほど、思ったよりも賢しい。良いだろう、手出しはさせない、森を出て待つがよい」


「ありがとう。みんな、行こう」


 そうして、ヨハン達は一度森を出る事にしたのだった。

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