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子供たちと森の主㉗

 それは、身長15㎝ほどの人型の存在だった。

 背中には羽が生えているが、一目見てそれは飾りに過ぎないとわかる様子だった。

 事実、空中で制止しているが羽ばたいてもいない。

 目は白目がなく真っ黒であり、額からは黒光りした触覚が2本生えている。

 それだけ聞くとおぞましい生き物に聞こえるかもしれないが、かたや葉っぱを折って作ったワンピースのようなものを着ており、かたや花びらで作ったドレスを着ているその容姿は、にこにこと笑っているような表情や幼い仕草も相まってむしろ可愛いと思われるものだった。

 だが、とヨハンは奥歯を噛みしめる。

 目の前の生物は恐らく妖精属だ。

 妖精属は基本的に肉食が多く、更に特徴としては、『容姿で惑わして狩りをする種族が多い』のである。


 例えばケルピーである。

 ケルピーは美しい白馬の容姿をした妖精で、元々は肉食動物の前に姿を現し、追ってきたら深い水の上に逃げるという狩りを得意としている。

 ケルピーは足先に特殊な魔力を纏っており、水の上を歩くことができるため、そのまま追いかける獣は水の深さに気付かず溺れてしまうのである。

 また、人間に対しては、懐いたふりをして背に載せて走り出す。

 そして水の深い場所まで駆けていき、突然足先の魔力を切り、水の中に一緒に落ちるのである。

 そうして背に載せた人間を溺れさせる。

 溺れた生き物はもちろん、ケルピーの食料となるのだ。


 或いはゴブリンである。

 近年では武装して襲い掛かってくるが、元々はいたずらをして人間を怒らせる妖精だ。

 だからこそ醜悪な見た目で、「弱そう」である事が重要である。

 石を投げたり、持ち物を奪ったり。散々人の嫌がるいたずらをしつこく行う事で、怒った人間が殴り殺そうと追ってきたら自分の住む洞窟に逃げるのである。

 憐れ洞窟に誘いこまれた人間は陰湿な罠に、或いは数の暴力によって虐殺され、捕食されるという仕組みだ。


 彼ら妖精属の容姿はそのままの印象を信じてはいけない。

 今、15㎝の愛らしい存在と対面していると思っていると、まんまと術中に嵌ってしまい、あっという間に食い殺されてしまう可能性がある。

 賢く狡猾で獰猛な肉食の存在と対峙しているのだと、正しく認識して気を付けなくてはならない。


 その事実を知っているヨハンとシモンは、まるで薄く氷の張った湖に立たされた心地である。その氷にはいくつも亀裂が入っており、いつ割れて冷水に叩き落されるともしれない緊張感があった。

 対して、ベズィー達はまるで南国のビーチにでもいるかの様に気楽そうであり、目の前の妖精に対して警戒がなく、興味津々ですらある。

 しかし、だからといってベズィー達が無警戒過ぎると責めるのは酷というものである。

 外見からの印象は大事である。この旅に出る前に、鏡の前で思い出していた父の言葉が頭に浮かぶ。

 人間は聴覚、味覚、嗅覚よりも視覚の情報に頼っている。相手に危険があるかどうか、相手が自分よりも強いか弱いか、立場が上か下か。

 それはヨハンも分かっていた。だから、自分達がしっかりしなくてはならないと、震えそうになる足を抑えて目の前の妖精を睨みつけているのだ。

 妖精が嗤いながら口を開く。


「ニンゲン、案内するからついてきて」

「ついてきて」


 可愛らしく、無邪気なその言葉に、コギルが一歩進み出ようとする。

 それを手で声して、ヨハンは言葉を返した。


「それが花畑だとすれば、申し訳ないけれどお断りします。君はハイブフェアリーだね?」


 ヨハンのその言葉に、妖精は笑みを深くした。


「へえ! 知ってるんだ!」

「知ってるんだ!」


「見るのは初めてだけど、知ってるよ。あなた方は、その愛らしい容姿で人間に取り込み、花畑に誘い込む。勘のいい人間がその花畑がハイブフェアリーの巣だと気付いたとしても、足を踏み入れた時点でもう遅い。数百から数千のハイブフェアリーが群がって生きたまま獲物を食い殺す」


「物知りだね、ニンゲン」

「だね、ニンゲン」


「だけど、舐めないで欲しい。僕は君たちが数百、数千、いや、数万の集団だろうとも、花畑ごと燃やし尽くす事もできるよ」


 ヨハンの右手はきゅっと握られていた。怖いのだ。

 勿論、自分が危険だからという事もあるが、それ以上にここにいる仲間達を守れないかもしれないという不安が胸の中でざわざわと存在感を増している。

 ベズィーが、コギルが、トーアーサが、ポルルが、そしてシモンが、生きたまま無数の妖精に齧られる姿が脳内に過ぎってしまう。

 そんな事は絶対にさせない、と思いつつも不安は消えないどころか、思えば思うほどに大きくなってしまう。

 そこに、新たな存在の声が降って来た。


「いい加減にしろ。主がそのニンゲンとの会話をお望みだ」


 それは、木の枝に絡みついた、真っ白な大蛇の声だった。

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