子供たちと森の主⑲
チェルシーの開始の合図がもたらしたのは、寧ろ静寂だった。
双方迂闊に動き出す事はしない。双方の背をじりじりと焦がすような暑さが迫り、しかし間合いの中には極寒の冷気が漂うような静謐さが見える気がした。
まるで体重ギリギリで保っているピンと張った糸の上に居るような感覚。少しでも動けば、全てが崩れて終わってしまうような緊張感。
ギヨームは、僅か6歳の子供達と対峙してこのような緊張感を感じるとは思っていなかった。
(なんだ……この威圧感は。私はなぜ指一本すら動かせないのだ)
本来、ギヨームは後の先を好まない。先手を取って自分のペースを作る戦いを好むのである。
だが、今彼は、動かないのではない。動けないのだ。
心の焦りは一筋の汗となり、目の上に流れた汗が瞼にかかった。
そして、瞬きをしたその一瞬。目を開いたときには目の前に剣を振りかぶったヨハンが居た。
「やあああああああああああああああ!!」
「ちょ……おまっ!!」
袈裟切りに振り下ろされる斬撃。咄嗟に木剣で受けたギヨームは、そのまるでサイにでも突進されたかのような衝撃に呻き声を上げる。
足を踏ん張ってみたが、靴跡を残しながら30センチ程後退させられた程である。
ビリビリと痺れる腕を気にする余裕もなく、彼は驚愕していた。
(こんな!! バカな事があるのか!? もはや人間を超えているんじゃないのか!? いや待て! 相手は6歳だぞ!?)
だが、彼の地獄は終わらない様だった。
ヨハンと入れ替わる様に、弾丸の様に飛んでくるシモンの姿が見えたからだ。
突きを放つ姿勢で瞬く間に距離を詰めてくるシモン。これに対してギヨームは、ありったけの魔力を剣身に込め、左手も剣身に添えて受ける構えだ。
突きという点の攻撃に対して、剣身で受けるというのも卓越した技術であり、ギヨームの研鑽の賜物といえるだろうが、避ける動作までは間に合わなかった事が彼の悲劇だった。
「貫けえええええええええええ!!」
「うおおおおおおおおおおおお!?」
シモンの剣先がギヨームの剣身に魔力の火花を散らし、ギヨームの剣身は破裂音と共に叩き折れる。
そして、勢いそのままにシモンの剣先はギヨームのみぞおちに到達し、まるで象に突進されたかのような衝撃で、ギヨームの踏ん張った足は砂煙を上げながら2メートルほどの後退を余儀なくされた。
「が……ぐぅぅ……」
ギヨームの肺は、まるで横隔膜が混乱しているかのように息を吸う事も、吐く事もできない。
背は寒くなり、足は震え、やがて彼は両膝をついた。
前かがみになっている彼の表情は、恐らくヨハンやシモンには見えていないだろう。見えていたら、駆け寄って介抱したのかもしれない。
だが、誰も気づかなかった。彼の顔は今や真っ青になり、口は「ヒッ……ヒッ……」と、必死に息をしようとしているのに、息の仕方を忘れてしまったかのように一切空気を取り入れる事が出来ず、奇妙な音をただ発しているのみである。
そして。
彼、ギヨームは、頭から地面に落ちて意識を失った。
〇〇〇
「え?」
その声は誰のものだったのか。
僕達は動かなくなったギヨームさんを一時呆然と見ていた。
だが、シモンの焦った声が僕たちの目を覚ます。
「死んじゃったかも!」
僕の背中に電撃が走った。
とにかくなんとかしなくちゃという思いが、意味の無い言葉を出させる。
「ど、どうしよう!」
「お兄様落ち着いて! 多分、頭とか殴れば再起動するよ!」
「それ! 根拠は!?」
「なんとなく!」
「ギヨーム村長が死んじゃうううううううう!!」
「まってお兄様! ギヨームさんは死んだんじゃないよ!」
「え!?」
「死んだんじゃない! 殺したんだよ!」
「もっと悪いよおおおおお!!」
「とにかく手当てか、もしくは死体を隠さなきゃ!」
「二択が重くない!?」
とにかくなんとかしなくてはならない。
そんな思いから、僕とシモンはギヨームさんに駆け寄る。
だけれど、そこにチェルシーさんの声がかかった。
「触らないで!」
そう言って駆け寄ってきたチェルシーさんは、言葉を続ける。
「呼吸に障害がある場合、むやみに体を動かすのはダメです。手伝ってください、気道に注意しながら、横向きに寝かせましょう。そう、あ、腕を枕にして、首を真っすぐに、気道をとにかく意識してください」
チェルシーさんの指示に従ってギヨームさんを横向きに寝かせ、彼の腕を頭の下に敷く。
そうして少しすると、ギヨームさんの呼吸も落ち着いてきた様子だった。
「あまりのダメージに、横隔膜周辺の筋肉が痙攣を起こしたのでしょうね。もう少し様子を見て、落ち着いたら部屋に運びましょう」




