子供たちと森の主⑱
〇〇〇
彼、ギヨームはチェルシー家の庭で、渡された木剣を眺めていた。
(よい木剣だ)
胸中のつぶやきを視線と共に受ける木剣は、恐らく丁寧にニスが塗られているのだろう、日の光を浴びてまるで名剣の様に輝いている。
視線をヨハン達に転じると、彼らも木剣を持ち、軽く素振りをしている様だ。
(彼らも剣を使う。つまり、やはりペトロ殿は貴族なのだろうか)
そんな事を胸中で推測してしまう。少なくともこの王国で剣を使う者は貴族か、その貴族の教育を受けた騎士くらいしかいない。騎士であっても、殆どは斧を使う。
だからなのか、彼は苦笑しながらヨハン達に問うていた。
「君たちの剣は、父君から教わったのかね?」
その声に、ヨハンが答える。
「はい。まだまだ父上には遠く及びませんが、それでも多少は扱えるつもりです」
無邪気な笑顔でそう言うヨハンの言葉は、誠実な様でいて、生意気な回答と言えた。
「貴殿の父君は、貴族の血を引くものなのだろうか」
その問いに、ヨハンもシモンも小首を傾げるばかり。唯一チェルシーだけが、一瞬だけ鋭い目をしたのがギヨームにもわかった。
(そうか、純粋に知らないのか)
無理もなかった。彼らは村から出た事はなく、村には傭兵も警備兵もいないのだ。
今この時代、剣は既に古い道具とされている事も。その技術を受け継ぐ貴族も、合理的な理由で剣を使う訳ではない事も知らないのだ。
今や貴族は、伝統と格式を守る為に剣を継いでいるに過ぎない。
それをヨハンとシモンに伝えてもいいだろうとギヨームは考えた。村を出て、世界を回るとなれば、いずれ貴族でもないのに剣を使う者は馬鹿にされるかもしれない。
今の内から一般的な斧や鈍器に鞍替えしたほうがいいと思ったのだ。
だから、その思いをそのまま伝える事にした。
「ヨハン殿、シモン嬢。君たちがいずれ世界に旅立つとして、いまからでも剣はやめた方がいい」
その言葉に二人は顔に疑問符を浮かべ、ヨハンが質問してくる。
「何故です?」
「弱いからだ。いや、昔は万能で強かったし、魔力を持たない動物や、魔力を纏わず、防具を身に着けない非戦闘員相手なら剣は強力だ。だが、戦争では全身を鎧で固め、更に魔力を纏って防御力を増した相手は切り割く事が難しい」
ギヨームは2人の様子を伺う。ヨハンもシモンも、真剣に聞いている様だ。
「だから、いつしか斬るから叩き斬るに変わり、叩き斬る事も難しくなった現代では、叩く方に重点を置く。だから戦争で兵士は鎧兜を着た相手をいかに打撃で倒すか、そしていかに打撃で弱らせて魔力を消耗させ、鎧ごと叩き斬るか。そういった戦い方になっている」
真剣に聞いていたシモンが、手を上げて質問する。
「という事は、大剣、斧、あとはシンプルにこん棒とか槌とかが戦争の主な武器ってこと?」
「半分正解だ。大剣は面積が広く、魔力を通わせなければならない無駄な部分が多すぎる。大剣を持って戦場に出る者など少数だろう。斧は刃の部分が少ないので、そこにだけ魔力を集中すればよいから合理的なのだ。だから戦場の兵士の武器は主に斧だ。腰に輪のような機具を付けてそこに差して持ち運べるので、携帯性もいい。次に槍だな。純粋にリーチが長く、勢いをつけて刺突すればかなりの衝撃を与える事ができる。こん棒や槌はあまりいない。理由は知らんが、重いからなのかもしれんな。そして……」
一拍おいて、ギヨームは続ける。
「剣は携帯性がそこそこ良いが、ダメージを与え辛く折れやすい。切る事をメインに考えても魔力を帯びた相手に切りかかれば、すぐに刃こぼれする。なにもいい所がない武器だと、現代では認定されている」
ギヨームの言葉に、シモンは「ふーん」と、気のないような、感心した様な声を漏らした。
ギヨームにとってはほんの少しの老婆心からの言葉だ。参考にしてもしなくてもいいと考えていた。
けれど、ヨハンは真剣な顔で応えてくれた。
「ご助言ありがとうございます、ギヨーム村長。僕達は斧も弓も槍も槌も、ある程度なら殆どの武器も扱えるように教育を受けています。けれど、僕たちは剣を選びました。確かにそれは合理的な理由ではありませんが、それでも、僕たちは剣でこの先を進んで行きたいと思っています」
あまりに真っすぐなヨハンの声と視線に、ギヨームは思わず質問していた。
「それは、何故かね?」
すると、ヨハンは実に子供らしい笑顔を見せながら言った。
「父が、剣を使うからです」
「ほう」
そこに、不敵な笑みを浮かべてしたり顔のシモンが続ける。
「世界で最強の存在であるお父様が剣を使ってその強さを発揮できてるんだから、剣で正解に決まってるでしょ」
ヨハンも同意見なのか、うんうんと頷いているのが見える。
(まだこの村を出た事もないのに世界最強を語るか。これは少し、現実を見せてやる必要がありそうだな)
ギヨームは剣を構えた。その構えには無駄がなく、洗練されており、どこか美しさすらあった。
それは幼少の頃から叩き込まれた教育で得たものである。
泥臭い戦場で華々しく舞い、兵を鼓舞する為の剣技。構え一つとっても、所作一つとっても隙がなく、この人が居れば勝てると思えるような存在感。
ギヨームが得てきた剣術は、ただ戦闘の強さを求めただけではない。敵軍にも、自軍にも魅せる剣技でなくてはならなかった。
だからこそ、背筋をピンと張り、それでいていつ動き出すともしれぬしなやかさを感じさせ。眼光鋭く、だが一点ではなく全体を見渡す。
そんな構えをしてみせる。
対するヨハンは、それを見て言った。
「シモン、油断は無しだ。思ったよりも強い」
「うん、わかってる。本当に意外だね」
刃を交わす前に、心に刃が飛んできた心地となったギヨームは思わず苦笑するが、それでも油断はしない。小さな剣士達といえども、剣を持つ相手に油断するなど礼儀に欠くと思ったからだ。
そして、三人が剣を構えて準備ができたのを確認したチェルシーが、審判として間に立ち、開始の合図を行う。
「それでは……はじめ!」




