子供たちと森の主⑯
居間に通された僕たちは、着替えると言って一旦自室に入ってしまった家主たるチェルシーさんを言葉もなく待っていた。
手持ち無沙汰でついきょろきょろと部屋の様子を見てしまうが、田舎とは思えない洗練されたセンスのある調度品が空間を演出しており、何かを焚いているのか、どことなく甘い匂いが薄く漂っている。
僕は所存なさげにしている村長に視線を向けた。
オーティウムの村長である彼の名前は、ギヨーム・ダルクール。年齢を詳しくは聞いていないが、容姿から30代半ばだと推察された。
茶色の髪を軽く後ろに撫で付けた髪型をしており、顔は田舎者の無骨な感じではなく、線の細い都会の人間の感じのする男性だ。
父が以前語っていた話しによると、中央で権力のあった貴族が没落し、田舎に流れてオーティウムの村を作ったと言っていた。
そして、その没落貴族の一族が代々村長を務めているのだとか。
つまり、彼は貴族の血筋という事である。だからなのだろうか。彼、ギヨーム氏は椅子に座って最大限股を開いて横幅で存在感をアピールしているし、少し肩を怒らせ、腕を組んで睥睨しているような恰好だ。
嫌な人なのかなというと、それも違うように感じた。
横柄な態度をとりながらも、シモンが椅子を引いて座ろうとしたときに、小さく「大丈夫か?」と声をかけていたり、僕の事も時折心配そうに見てくる。
今も、じっとギヨームさんを見ていると、小首をかしげて目線でどうした? と問うてくる姿は、とても庶民的で親しみやすい。
そんなギヨームさんへの考察は、チェルシーさんが着替えから帰って来た事によって終了する。
「ごめんなさい。お待たせしました」
言いながら椅子の一つに腰かける彼女。その表情は、いつものどこか幼いようで、温和で優しそうな顔だ。
幼いようと言っても、彼女の年齢は父の一つ上という事だから、女性というのは年齢が分からない。
ぱっと見た感じではまだ20歳そこそこの人物と言っても通用しそうだし、時折見せる表情によっては10代の少女のようにも見えた。
そんなチェルシーさんに、シモンが口を開いた。
「チェルシー姉って貴族だったの?」
ぎく、という音が聞こえるくらいにチェルシーさんは体をすくませる。
それを見て、ギヨームさんが鼻で一つ笑ってから声を上げる。
「そうだな。まあ、可能性としては低いが、貴族でなくても貴族の紋章が入った鎧をどこかで手に入れる、そういう事もあるかもしれないな。なあ、チェルシー・『マーダー』殿」
ギヨームさんは意味ありげに『マーダー』の家名を強調して伝える。その言い方は、嫌な言い方に聞こえた。
きっと、言われた本人はどういう事情であれ、嫌な気分になっているに違いない。
その考察が正しい事を証明するように、チェルシーさんの眉間には皺が寄っている。
「ええ、そうですね。ですが、他家の紋章を身に着ける事は犯罪ですので、他言しないでいただけると嬉しいのですが、何が望みですか?」
いつもの優しい顔の中に、視線だけは凍てつく氷で貫くような鋭さを備えたチェルシーさんに見られ、ギヨームさんは動揺したのか、視線を右往左往させている。
僕とシモンは、視線を交わして小首をかしげた。
あんな挑発をしておいて、なぜ動揺するのか。普通に喧嘩を仕掛けたのだ、相手がどう出るかは絞られてくるはずだ。躱して逃げるか、降伏するか、牙を剥くか。牙を剥く選択をとらないと高を括っていたと事だろうかと推察していると、ギヨームは大きな咳払いをして両手を上げて降参のポーズをして言う。
「あー、その。すまん。私の態度や言い回しに問題があるというのは、その、なんだ、自分でも重々承知しておるのだ。しかし、私は人と気さくに接する作法がわからなくてだな……」
今度は、シモンに加えてチェルシーさんも交えて視線を交わし合い、小首をかしげる。
「うむ、チェルシー殿。私はだな、本当に、本当に悪意も害意もないのだ」
僕は気になって質問を口にした。
「では、どうしてチェルシー姉さんの隠しておきたいであろう家名を強調して挑発したのですか?」
些か不躾だったかもしれない。だが、ギヨームさんは困った顔をしながら答えてくれた。
「うむ……。あれはだな、『みなまで言わなくてもわかっているから、安心するがよい』と伝えたかったのだ……」
衝撃の事実に、全員が背中に電流が走ったような顔になる。
シモンが更に不躾な質問をする。
「もしかしてギヨームさんって友達いない?」
「ぐぬぬ……! 友達と呼べるものはいないかもしれぬ……だが! 観葉植物には毎日話しかけているし! それを友達と呼べなくもないのではなかろうか!」
「いや、ないですよ」
冷たく言い放つチェルシーさん。
だが、ギヨームさんにも言い分はありそうだ。
「だが、友達などどうやって作るというのだ。私は成人した瞬間から村長だったし、家の者は過去に囚われて貴族の礼儀作法や考え方を叩き込んでくるし。我々は民とは異なる存在で、それを守る存在として生を受けたのだ、だから高貴であれと言われて育った私は、幼少の頃から民と接する時には見くびられないようにしてきたのだし……」
「その割には今、私たちにみくびられてますけどね」
「ぐ……」
あんまりなチェルシーさんの言葉だが、目は先ほどのように冷たくはなかった。
思えば、僕もシモンも友達と言える存在はいない。村の外れに住んでいるから接点がないのだ。
そういう境遇もあって、同じように友達が居ない事に悩むギヨームさんの境遇にも同情の余地があったし、納得もいった。
横柄でありながら庶民的ともいえるちぐはぐな態度は、彼の境遇がちぐはぐだからなのだ。
領土をもった貴族でもないのに僕たちの事を自然に民と称している事からも推察できるが、彼は村長でありながら貴族として育てられたのだ。
そして、父の話ではここの村長の就任は他と比べると異質であるらしい。
村長は世襲制であるのだが、現行の村長が高齢になって業務に障りが出始めた頃に後継を決めて代替わりするのが通常らしい。
ここオーティウムは、村長の息子が15で成人を迎えると、直ぐに代替わりを行うのだ。そして元村長は成人したばかりの新しい村長の補佐をする。
前者が村長になる前に補佐をしながら仕事を覚えていくという緩やかな交代であるのにくらべて、後者は村長に就任してから業務を覚えるという、少し急な世代交代である。
だから、ギヨームさんは村の長としていつも肩ひじ張って、虚勢を張りながら年上達と渡り合ってきたのだろう。
更に言えば、彼は没落したとはいえ貴族の産まれとして家名をこれ以上落とさないようにと、更にピンと伸ばした背中を曲げられないような生き方だったのかもしれない。
僕もシモンも、父の名に恥じない行動をしなければならないと常に自分に言い聞かせているので、少し気持ちはわかる気がする。
結果的に僕、シモン、チェルシーさんの三人は、生暖かい目でギヨームさんに微笑みかける事となり、ギヨームさんは居心地悪そうに咳払いをし、促すようにシモンに視線をやって言葉を出した。
「私の事は脇に置いてほしい。そんな事よりも、シモン嬢が薬になる植物を探していると聞いて、ここに連れてきたのだが」
「そうだ! ねえ、チェルシー姉、この植物知ってる?」
シモンはそう言ってテーブルの上で本を開き、ガンビールノキの描かれたページを開いた。




